退行|防衛機制

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退行 (regression)

 

防衛機制 (defense mechanisms)

 

 

 

◇退行とは、ある時点において、それまでに発達した状態や機能あるいは体制が、

それ以前のもっと低次の状態や機能ないし体制にまで逆戻りすること。

 

 

◇葛藤や欲求不満、不安、ストレスなどの感情的に嫌なことを減らしたり避けたりするために

心の中で無意識に働く、こころの安全装置を防衛機制という。

 

 

◇防衛機制は無意識のうちに実行されるから、本人がわざとそうしている訳ではないし、

この安全装置が現実を歪めてしまうのだが、当人はそのゆがみに気づかない。

 

 

 

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◇「退行」は、心理学ないし、精神病理学的現象を説明する理論概念として用いられる。

この概念を最初に精神病理学に導入したのは、ジャクソンである。

退行は、主としてフラストレーション反応として、病理と関連づけて研究されてきた。

退行というのは「幼児返り」とも言われその人の人生の早期の心理状態に立ち戻って行くことを指す

精神分析においては、幼児期の記憶や葛藤または感情が抑圧されて、

無意識の中に閉じ込められていて、それがその後のさまざまな症状をつくったり、

その人の性格や行動を支配するようになると考えられている。

 

たとえば、日常生活を元気に送っていた児童が、下の赤ちゃんの誕生直後に夜泣き等の

不安症状を示し、保育所でもおもらしをしたり、保育士の世話を多く必要とするようになり、

母親の姿を追い求めるようになった、という例がある。

さらに、小学校入学直前、高熱のため緊急入院した夜半、母親を呼んだが、

赤ちゃんとともに別室にいたため、来てもらえなかったというショックから、

それ以後、ひん尿と強い分離不安を示し、片時も母親から離れられなくなった児童もいる。

しかし、母親の付き添いなしには日常生活を送れなくなった児童も、

母親が積極的に愛情を示し、こまかく面倒を見てくれるにつれ、

安心感を覚え、少しづつ落ち着きを見せるようになってくる。

また、一人で食事の出来た子が、再び介助を必要とするようになったという例もある。

 

 

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 ◇フロイトは、ジャクソンの解体という考え方を退行の概念にまで発展させた。

やがて、精神分析によって観察された心理学的、精神病理学的現象を説明する

深層心理学的理論の中で、退行が中心概念になった。

そして、精神分析理論では、個人発達的に、より以前の段階に戻るという意味での退行を重視した。

精神発達がつまづくと、固着した発達段階に退行するものと考えられる。

これは、発達段階においての固着が強いと、何らかのフラストレーションによって、

その固着した段階へと退行しやすいことを意味している。

たとえば、病者の排便へのこだわりが、肛門期への退行とみなされ、

子どもにみられる指しゃぶりは口唇期への退行とみなされる。

また、心理療法においては、治療的退行、病的退行、健康な退行として、

治療の役に立っている。

 

 

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「治療的退行」とは、治療のために操作的に、一時的に退行状態へ導いたもので、自由連想法、

催眠、自律訓練法、箱庭療法などで用いられる。

 

「病的退行」は、患者の病理現象としてみられ、固着点への退行、外傷的段階への退行、

防衛的退行、葛藤的退行として現れる。

これらは、各種の神経症や、ある種の心身症、境界例などに顕著である。

 

「健康的退行」は、自我の一時的、部分的退行であって「創造的退行」とも言われる。

この適応的退行は、日常生活で自我が常に緊張し続けているのをゆるめ、

リフレッシュすることを助ける。

 

 

 

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◇フロイト以後の精神分析は、退行論をさらに発展させ、一方で操作的退行を、

他方で健康的な退行を解明し、むしろ、退行を正常にも病的にも働くものとみなして、

自我の基本的機能の一つと考えるようになった。

 

◇レヴィンらは、フラストレーションによって、未分化で単純、

しかも原始的な行動が現れることに着眼し構造的退行を重視した。(1941)

例えば、幼児の遊びにフラストレーション状況を与えると、遊びの構成度が低下して、

より原始的な遊びが現れたり、不安定行動が増したりすることが見出されている。

 

発達を個人の内部領域の分化とみるレヴィンは、退行を、目標阻止による個人の未分化化、

原始化と定義して、個人の生活史における過去の行動型への「後戻り」と区別した。

 

◇一般に発達史的退行と構造的退行は、異なった観点として記述されていることが多いが、

最近の臨床心理学では、双方が不可解に関わっている事例が多く観察されており、

発達史的にも構造的にも退行する現象の理解が進んでいる。

また、心理療法における治療的退行も、発達史的に固着点が解決されるためだと解される一方、

構造的な退行が不適切な構造をゆるめて基礎に立ち返らせ、

最構造化を可能にするためだ、と解されている。

 

いずれにせよ、心理療法における転移現象としての退行は、

病者の幼児的依存が再体験されることであり、こののちに内的熟成に至るのである。

それゆえに、治療関係の中で退行を有効に取り扱う必要がある。

 

 

 

 

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【主な防衛機制】(defense mechanisms)

 

 

【退行】

・欲求不満に陥ったとき、人生の一段若い段階へと逆戻りする現象である。

その方が安全で快適なのだ。

弟が生まれたときに、4歳の子どもが乳児返りをして急に赤ちゃん言葉をしゃべったり、

おねしょをして自分も弟なみに母にかわいがってもらおうとする。

失恋した人が昔の恋人に電話するのもその一つだ。

衝動退行は、衝動を別の衝動にすり替える。

怒りの衝動をヤケ食いの食衝動にすり替えるのがその例である。

 

 

 

 

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【クルト・レヴィン】(Kurt Lewin 1890年9月9日~1947年2月12日)

 

ユダヤ系心理学者。ドイツ/ポーランド生まれ。( アメリカで活躍した心理学者)

フロイトと並ぶ力動論の代表者。

ゲシュタルト心理学の影響を強く受け、情緒や動機付けの研究を行った。

実践的な理論家として、「よい理論ほど役にたつものはない」という有名な言葉を残した。

葛藤(conflict)の3つの基本型を示し、

行動の根底にある要求や動機を重視、行動にいたる過程を研究した。(力動論)

過程や原因を過去の性的な要因に結びつけがちだったフロイトに対し、

彼は、現在の生活空間全体から行動を分析しようとした。

ゲシュタルト心理学を社会心理学に応用し、トポロジー心理学を提唱した。

ベルリン大学の哲学と心理学の教授を務めていたが、

ナチスの台頭に伴い1933年にアメリカに渡り、1940年にアメリカの市民権を取得。

コーネル大学教授をつとめ、マサチューセッツ工科大学(MIT)に、

グループダイナミクス研究所を創設した。

「社会心理学の父」と呼ばれ、リーダーシップスタイル(専制型、民主型、放任型)と

その影響の研究、集団での意思決定の研究、

場の理論や変革マネジメントの「解凍―変化―再凍結」モデルの考案、

「アクションリサーチ」という研究方式、

グループダイナミクスによる訓練方法(特にTグループ)など、その業績は多方面にわたる。

1947年、マサチューセッツ州 ニュ-トンビルで死去。 

 

 

◇場の理論

 

人の行動は、パーソナリティや欲求、あるいは環境刺激のいずれか一つだけが原因なのではなく

人と環境の相互作用によって生まれるものだ、としたのが、レヴィンの考え方。

すべての心理的事実(感情の動き)は、生活空間の均衡が崩れることによって起こり、

人は、均衡を取り戻すために行動を起こす。

 

 

【主要著書】

 

■ 「社会的葛藤の解決」 創元社

■ 「社会科学における場の理論 増補版」 誠信書房

■ 「社会的葛藤の解決」グループ・ダイナミックス論文集 (1966年) (現代社会科学叢書)  創元新社

 

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

このブログ記事について

このページは、sscが2010年8月22日 00:28に書いたブログ記事です。

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