心理学の最近のブログ記事

宮沢賢治の世界☆

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セロ弾きのゴーシュ

 


ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾くかかりでした。
けれどもあんまりじょうずでないという評判でした。

じょうずでないどころではなくじつはなかまの楽手の中ではいちばんへたでしたから、
いつでも楽長にいじめられるのでした。

ひるすぎみんなは楽屋にまるくならんで、
こんどの町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。
トランペットはいっしょうけんめい歌っています。

クラリネットもボーボーとそれにてつだっています。
バイオリンも二いろ風のように鳴っています。
ゴーシュも口をりんとむすんで、目をさらのようにして楽譜を見つめながら、
もう一心に弾いています。

にわかに、ぱたっと楽長が両手を鳴らしました。
みんなぴたりと曲をやめてしんとしました。楽長がどなりました。




「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ。」
みんなは今のところの少し前のところからやりなおしました。

ゴーシュは顔をまっ赤にして、
ひたいにあせを出しながら、やっと今言われたところをとおりました。
ほっと安心しながら、つづけてひいていますと、楽長がまた手をぱっとうちました。

「セロっ。糸が合わない。こまるなあ。
ぼくはきみにドレミファを教えてまでいるひまはないんだがなあ。」

みんなはきのどくそうにして、わざとじぶんの譜をのぞきこんだり、
じぶんの楽器をはじいてみたりしています。
ゴーシュはあわてて糸を直しました。
これはじつはゴーシュもわるいのですが、セロもずいぶんわるいのでした。

「今の前の小節から。はいっ。」
みんなはまたはじめました。ゴーシュも口をまげていっしょうけんめいです。
そしてこんどはかなりすすみました。




いいあんばいだと思っていると、楽長がおどすような形をして、
またぱたっと手をうちました。
またかとゴーシュはどきっとしました。
が、ありがたいことにはこんどはべつの人でした。

ゴーシュはそこで、さっき自分の時みんながしたように、
わざとじぶんの譜へ目を近づけて何か考えるふりをしていました。

「ではすぐ今のつぎ。はいっ。」
そらと思ってひきだしたかと思うと、
いきなり楽長があしをどんとふんで、どなりだしました。

「だめだ。まるでなっていない。このへんは曲の心臓なんだ。
それがこんながさがさしたことで。
しょくん。演奏までもうあと十日しかないんだよ。

音楽を専門にやっている僕らが、
あの金靴鍛冶だの砂糖屋のでっちなんかのよりあつまりに負けてしまったら、
いったいわれわれの面目はどうなるんだ。

おいゴーシュ君。きみにはこまるんだがなあ。
表情と言うことがまるで出来ていない。

おこるもよろこぶも感情というものがさっぱり出ないんだ。
それにどうしてもぴたっとほかの楽器と合わないもんなあ。

いつでもきみだけ、とけたくつのひもを引きずって、
みんなのあとをついて歩くようなんだ。


こまるよ、しっかりしてくれないとねえ
。光輝あるわが金星音楽団が、
きみひとりのためにあくひょうをとるようなことでは、
みんなへもまったく気の毒だからな。

ではきょうは練習はここまで、やすんで六時かっきりボックスへ入ってくれたまえ。」


みんなおじぎをして、それからたばこをくわえてマッチをすったり、
どこかへ出ていったりしました。


ゴーシュは、そのそまつな箱みたいなセロをかかえて、
かべの方へ向いて口を曲げてぼろぼろなみだをこぼしましたが、
気をとりなおして、じぶんだけたったひとり、
いまやったところをはじめからしずかに、もいちどひきはじめました。
 
 
 



そのばんおそく、ゴーシュは何か大きな黒いものをしょって、
じぶんの家へ帰ってきました。

家といっても、それは町はずれの川ばたにあるこわれた水車小屋で、
ゴーシュはそこにたったひとりですんでいて、午前は小屋のまわりの小さな畑で、
トマトのえだを切ったりキャベジの虫をひろったりして、
ひるすぎになるといつも出ていっていたのです。

ゴーシュがうちへ入ってさっきの黒い包みをあけました。
それはなんでもない、あの夕方のごつごつしたセロでした。

ゴーシュはそれをゆかの上にそっとおくと、
いりなりたなからコップをとって、バケツの水をごくごくのみました。

それから、頭を一つふっていすへかけると、
まるでとらみたいないきおいで、ひるの譜をひき始めました。

譜をめくりながら、ひいては考え考えてはひき、
しまいまでいくと、またはじめからなんべんもなんべんも、
ごうごうごうごうひきつづけました。

夜中もとうにすぎて、しまいは、
もうじぶんがひいているのかもわからないようになって、
顔もまっ赤になり、目もまるで血ばしって、とてもものすごい顔つきになり、
今にもたおれるかと思うように見えました。 


 
 
そのとき、だれかうしろの扉をとんとんたたくものがありました。

「ホーシュ君か。」
ゴーシュはねぼけたようにさけびました。

ところがすうと扉をおして入ってきたのは、
いままで5、6ぺん見たことのある大きな三毛ねこでした。

ゴーシュの畑からとった、
はんぶんじゅくしたトマトをさも重そうに持ってきて、
ゴーシュの前におろしていいました。

「ああくたびれた。なかなか運ぱんはひどいやな。」
「なんだと。」
ゴーシュがききました。

「これおみやげです。食べて下さい。」
三毛ねこが言いました。

ゴーシュはひるからのむしゃくしゃを一ぺんにどなりつけました。

「だれがきさまにトマトなど持ってこいといった。
だいいちおれがきさまらの持ってきたものなど食うか。

それからそのトマトだっておれの畑のやつだ。
なんだ。赤くもならないやつをむしって。

今までもトマトのくきをかじったり、
けちらしたりしたのはおまえだろう。いってしまえ。ねこめ。」

するとねこは、かたをまるくして目をすぼめてはいましたが、
口のあたりでにやにやわらっていいました。

「先生、そうおおこりになっちゃ、おからだにさわります。

それより、シューマンのトロメライをひいてごらんなさい。聞いてあげますから。」

「なまいきなことをいうな。ねこのくせに。」

セロひきはしゃくにさわって、このねこのやつどうしてくれようとしばらく考えました。

「いえごえんりょはありません。
どうぞ。わたしはどうも先生の音楽を聞かないとねむられないんです。」

「なまいきだ。なまいきだ。なまいきだ。」

ゴーシュはすっかりまっ赤になって、
ひるま楽長のしたように足ぶみしてどなりましたが、
にわかに気をかえていいました。




「ではひくよ」


ゴーシュはなんと思ったか扉にかぎをかって、まどもみんなしめてしまい、
それからセロをとりだしてあかりをけしました。

すると外からはつかすぎの月のひかりがへやの中へはんぶんほどはいってきました。

「なにをひけと」

「トロメライ、ロマチックシューマン作曲。」

ねこは口をふいてすましていいました。



「そうか。トロメライというのはこういうのか。」

セロひきはなんと思ったか、まずハンケチをひきさいて、
じぶんの耳のあなへぎっしりつめました。

それから、まるであらしのようないきおいで
「インドのとらがり」という譜をひきはじめました。

するとねこはしばらく首を曲げて聞いていましたが、
いきなりパチパチパチッと目をしたかと思うと、ぱっと扉の方へとびのきました。

そして、いきなりどんと扉へからだをぶっつけましたが、扉は開きませんでした。

ねこは、さぁこれはもう一生一代のしっぱいをしたというふうにあわてだして、
目やひたいからパチパチ火花を出しました。


するとこんどは口のひげからも鼻からも出ましたから、
ねこはくすぐったがって、しばらくくしゃみをするような顔をして、
それからまた、さぁこうしてはいられないぞというように、はせあるきだしました。

ゴーシュはすっかりおもしろくなって、ますますいきおいいよくやりだしました。
「先生。もうたくさんです。たくさんですよ。
ご生ですからやめて下さい。これからはもう先生のタクトなんかとりませんから。

「だまれ。これからとらをつかまえるところだ。」

ねこはくるしがって、はねあがってまわったり、
かべにからだをくっつけたりしましたが、
かべについたあとは、しばらく青くひかるのでした。

しまいはねこはまるで風車のようにぐるぐるぐるぐるゴーシュを回りました。
ゴーシュも少しぐるぐるしてきましたので、
「さあこれでゆるしてやるぞ。」といいながらようようやめました。

するとねこもけろりとして、
「先生、今夜の演奏はどうかしてますね」といいました。




セロひきはまたぐっとしゃくにさわりましたが、
なにげないふうで巻タバコを1本だして口にくわえ、それからマッチを一本とって、
「どうだい。ぐあいをわるくしないかい。舌を出してごらん。」


ねこはばかにしたようにとがった長い舌をペロリと出しました。
「ははあ、すこしあれたね。」


セロひきはいいながら、
いきなりマッチを舌でシュッとすってじぶんのタバコへつけました。


さあねこはおどろいたのなんの、
舌を風車のようにふりまわしながら、入口の扉へ行って、
頭でどんとぶっつかってはよろよろとして、またもどってきて、
どんとぶっつかってはよろよろ、またもどってきて、
またぶっつかってはよろよろにげみちをこさえようとしました。


ゴーシュはしばらくおもしろそうに見ていましたが、
「出してやるよ、もう来るなよ。ばか。」


セロひきは扉をあけて、ねこが風のようにかやの中を走っていくのを見て、
ちょっとわらいました。

それから、やっとせいせいしたというようにぐっすりねむりました。
 
 


つぎのばんも、ゴーシュがまた黒いセロのつつみをかついで帰ってきました。

そして水をごくごくのむと、ゆうべのとおりぐんぐんセロをひきはじめました。

十二時はまもなくすぎ、一時もすぎ、二時もすぎてもゴーシュはまだやめませんでした。

それからもう何時だかもわからず、
ひいているかもわからずごうごうやっていますと、
だれか屋根うらをこつこつとたたくものがあります。

「ねこ、まだこりないのか。」

ゴーシュがさけびますと、いきなりてんじょうのあなからぽろんと音がして
、一びきの灰いろの鳥がおりてきまして、
ゆかへとまったのを見ると、それはかっこうでした。




「鳥までくるなんて。なんの用だ。」
ゴーシュがいいました。

「音楽を教わりたいのです。」
かっこう烏はすましていいました。

ゴーシュはわらって、
「音楽だと。おまえの歌は、かくこう、かくこうというだけじゃあないか」

するとかっこうがたいへんまじめに、
「ええ、それなんです。けれどもむずかしいですからねぇ。」といいました。

「むずかしいもんか。おまえたちのは、
たくさん鳴くのがひどいだけで、鳴きようはなんでもないじゃないか。」

「ところが、それがひどいんです。
たとえば、かっこうとこう鳴くのと、かっこう、とこう鳴くのとでは、
聞いていてもよほどちがうでしょう。」

「ちがわないね。」
「ではあなたにはわからないんです。

わたしたちのなかまなら、かっこう と一万いえば一万みんなちがうんです。」

「かってだよ。そんなにわかってるなら、
なにもおれの所へ来なくてもいいではないか。」

「ところがわたしはドレミファをせいかくにやりたいんです。」

「ドレミファもくそもあるか。」

「ええ、外国へ行く前にぜひ一度いるんです。」

「外国もくそもあるか。」

「先生、どうかドレミファを教えてください。わたしはついて歌いますから」

「うるさいなあ。そら三べんだけひいてやるから、すんだらさっさと帰るんだぞ。」

ゴーシュは、セロをとりあげてボロンボロンと糸を合わせて、
ドレミファソラシドとひきました。

するとかっこうはあわてて羽をばたばたしました。

「ちがいます、ちがいます。そんなんでないんです。」

「うるさいなあ。ではおまえやってごらん。」
「こうですよ。」

かっこうはからだを前にまげてしばらくかまえてから
「かっこう。」と一つ鳴きました。

「なんだい。それがドミファかい。おまえたちには、
それではドレミファも第六交響曲も同じなんだな。」

「それはちがいます。」
「どうちがうんだ。」
「むずかしいのは、これをたくさんつづけたのがあるんです。」

「つまりこうだろう。」


 セロひきはまたセロをとって、
かっこう かっこう かっこう かっこうとつづけてひきました。

するとかっこうはたいへんよろこんで、とちゆうから、
かっこう かっこう かっこう かっこうとついてさけびました。

それももういっしょうけんめいからだをまげて、いつまでもさけぶのです。

ゴーシュはそろそろ手がいたくなって、
「こら、いいかげんにしないか。」といいながらやめました。

するとかっこうはざんねんそうに目をつりあげて、
まだしばらく鳴いていましたがやっと、
「かっこう かくう かっ かっ かっ かっ か。」
といってやめました。

ゴーシュがすっかりおこってしまって、
「こら、とり、もう用がすんだら帰れ。」といいました。




「どうかもう一ぺんひいてください。

あなたのはいいようだけれども、すこしちがうんです。」

「なんだと、おれがきさまに教わってるんではないんだぞ。婦らんか。」

「どうか、たったもう一ぺんおねがいです。どうか。」

かっこうは頭をなんべんもてんてんさげました。

「ではこれっきりだよ。」

ゴーシュは弓をかまえました。かっこうは、
「くっ。」と一ついきをして
「ではなるべく長くおねがいいたします。」といってまた一つおじぎをしました。

「いやになっちまうなぁ。」

ゴーシュはにがわらいしながらひきはじめました。

するとかっこうはまたまるで本気になって、
「かっこう かっこう かっこう。」
とからだをまげて、じつにいっしょうけんめいさけびました。


ゴーシュははじめはむしゃくしゃしていましたが、
いつまでもつづけてひいているうちに、ふっと、
なんだかこれは鳥のほうが、
ほんとうのドレミファにはまっているかなという気がしてきました。

どうもひけばひくほど、かっこうのほうがいいような気がするのでした。




「えいこんなばかなことしていたら、おれは鳥になってしまうんじゃないか。」


とゴーシュはいきなりぴたりとセロをやめました。


すると、かっこうはどしんと頭をたたかれたようにふらふらっとして、
それからまたさっきのように、
「かっこう かっこう かっこう かっ かっ かっ かっ かっ。」
といってやめました。

それからうらめしそうにゴーシュを見て、
「なぜやめたんですか。ぼくらならどんないくじないやつでも、
のどから血が出るまではさけぶんですよ。」といいました。


「なにをなまいきな。こんなばかなまねをいつまでしていられるか。

もう出ていけ。見ろ。夜が明けるんじやないか。」

ゴーシユはまどを指さしました。

東の空がぼうっと銀いろになって、
そこをまっ黒な雲が北の方へどんどん走っています。

「ではお日さまの出るまでどうぞ。もう一ぺん。ちょっとですから。」

かっこうはまた頭をさげました。

「だまれっ。いい気になって。このばか鳥め。

出ていかんとむしって朝めしに食ってしまうぞ。」

ゴーシュはどんとゆかをふみました。

するとかっこうはにわかにびっくりしたように、
いきなりまどをめがけてとびたちました。

そしてガラスにはげしく頭をぶっつけて、ばたっと下へ落ちました。

 「なんだ、ガラスへ、ばかだなあ。」




ゴーシュはあわてて立って、まどをあけようとしましたが、
がんらいこのまどは、
そんなにいつでもするするあくまどではありませんでした。

ゴーシュがまどのわくをしきりにがたがたしているうちに、
またかっこうがばっとぶっつかって下へ落ちました。



見るとくちばしのつけねからすこし血が出ています。

「今あけてやるから待っていろったら。」

ゴーシュがやっと二寸ばかりまどをあけたとき、
かっこうは起きあがって、なにがなんでもこんどこそというように、
じっとまどの向こうの東の空をみつめて、
あらんかぎりの力をこめたふうで、ばっととびたちました。

もちろん、こんどは前よりひどくガラスにつきあたって、
かっこうは下へ落ちたまま、しばらく身動きもしませんでした。

つかまえてドアからとばしてやろうと、ゴーシュが手を出しましたら、
いきなりかっこうは目をひらいてとびのきました。


そしてまたガラスへとびつきそうにするのです。

ゴーシュは思わず足を上げて、まどをばっとけりました。

ガラスは二、三まい、ものすごい音してくだけ、
まどはわくのまま外へ落ちました。

そのがらんとなったまどのあとを、かっこうが矢のように外へとびだしました。

そして、もうどこまでもどこまでもまっすぐにとんでいって、
とうとう見えなくなってしまいました。

ゴーシュは、しばらくあきれたように外を見ていましたが、
そのままたおれるようにへやのすみへころがって、ねむってしまいました。


 
 


つぎのばんも、ゴーシュは夜中すぎまでセロをひいて、
つかれて水を一ばいのんでいますと、また扉をこつこつたたくものがあります。

今夜はなにが来ても、ゆうべのかっこうのように、
はじめからおどかして迫いはらってやろうと思って、
コップをもったまま待ちかまえておりますと、
扉がすこしあいて、一ぴきのたぬきの子がはいってきました。

ゴーシュはそこでその扉をもうすこし広くひらいておいて、どんと足をふんで、
「こら、たぬき、おまえはたぬきじるということを知っているかっ。」とどなりました。

するとたぬきの子はぼんやりした顔をして、きちんとゆかへすわったまま、
どうもわからないというように首をまげて考えていましたが、しばらくたって、
「たぬきじるってぽく知らない。」といいました。

ゴーシュはその顔を見て、思わずふきだそうとしましたが、
まだむりにこわい顔をして、
「では教えてやろう。たぬきじるというのはな。
おまえのようなたぬきをな、キャベジや塩とまぜてくたくたとにて、
おれさまの食うようにしたものだ。」といいました。

するとたぬきの子はまたふしぎそうに、
「だってぼくのおとうさんがね、ゴーシュさんはとてもいい人で、
こわくないから行ってならえといったよ。」といいました。

そこでゴーシュもとうとうわらいだしてしまいました。

「なにをならえといったんだ。おれはいそがしいんじゃないか。

それにねむいんだよ。」


たぬきの子はにわかにいきおいがついたように一足前へ出ました。

「ぼくは小だいこのかかりでねえ。セロへ合わせてらってこいといわれたんだ。」

「どこにも小だいこがないじゃないか。」

「そら、これ。」

たぬきの子はせなかからぼうきれを二本出しました。

「それでどうするんだ。」

「ではね、『ゆかいな馬車屋』をひいてください。」

「なんだ、『ゆかいな馬車屋』ってジャズか。」

「ああ、この譜だよ。」

たぬきの子はせなからまた一まいの譜をとりだしました。

ゴーシュは手にとってわらいだしました。

「ふう、へんな曲だなあ。よし、さあひくぞ。おまえは小だいこをたたくのか。」

ゴーシュはたぬきの子がどうするのかと思って
ちらちちらそっちを見ながらひきはじめました。

するとたぬきの子はぼうをもってセロのこまの下のところを、
ひょうしをとってぽんぽんたたきはじめました。

それがなかなかうまいので、
ひいているうちにゴーシュはこれはおもしろいぞと思いました。

おしまいまでひいてしまうと、たぬきの子はしばらく首をまげて考えました。


それからやっと考えついたというようにいいました。


「ゴーシュさんは、この二ばんめの糸をひくときはきたいにおくれるねぇ。
なんだかぼくがつまずくようになるよ。」
ゴーシュははっとしました。

たしかにその糸はどんなに手早くひいても、
すこしたってからでないと音が出ないような気が、ゆうべからしていたのでした。

「いや、そうかもしれない。このセロはわるいんだよ。」
とゴーシュはかなしそうにいいました。

するとたぬきはきのどくそうにして、またしばらく考えていましたが、
「どこがわるいんだろうなあ。ではもう一ぺんひいてくれますか。」

「いいともひくよ。」

ゴーシュははじめました。たぬきの子はさっきのようにとんとんたたきながら、
ときどき頭をまげてセロに耳をつけるようにしました。

そしておしまいまできたときは、今夜もまた東がぼうと明るくなっていました。




「ああ夜が明けたぞ。どうもありがとう。
たぬきの子はたいへんあわてて、
譜やばうきれをせなかへしょってゴムテープでぱちんととめて、
おじぎを二つ三つすると、急いで外へ出ていってしまいました。

ゴーシュはぽんやりして、
しばらくゆうべのこわれたガラスからはいってくる風をすっていましたが、
町へ出ていくまでねむって元気をとりもどそうと、急いでねどこへもぐりこみました。
 


 


つぎのばんも、ゴーシュは夜どおしセロをひいて、明け方ちかく思わずつかれて、
楽譜をもったままうとうとしていますと、
まただれか扉をこつこつとたたくものがあります。

それもまるで聞こえるか聞こえないかのくらいでしたが、
毎ばんのことなのでゴーシュはすぐ聞きつけて、
「おはいり。」といいました。

すると戸のすきまからはいってきたのは一ぴきの野ねずみでした。
そしてたいへん小さなこどもをつれて、ちょろちょろとゴーシュの前へ歩いてきました。

そのまた野ねずみのこどもときたら、
まるでけしごむのくらいしかないので、ゴーシュは思わずわらいました。

すると野ねずみは、なにをわらわれたろうというようにきょろきょろしながら、
青い栗のみを一つぶ前において、ちゃんとおじぎをしていいました。

「先生、この子があんばいがわるくて死にそうでございます。

先生、どうぞおじひになおしてやってくださいまし。」

「おれがいしゃなどやれるもんか。」

ゴーシュはすこしむっとしていいました。

するとのねずみのおかあさんは下を向いて、
しばらくだまっていましたが、また思いきったようにいいました。

「先生、それはうそでございます。
先生は毎日あんなにじょうずに、
みんなの病気をなおしておいでになるではありませんか。」


「なんのことだかわからんね。」

「だって先生、先生のおかげで、うさぎさんのおばあさんもなおりましたし、
あんないじわるのみみずくまでなおしていただいたのに、
この子ばかりお助けをいただけないとは、あんまりなさけないことでございます。」

「おいおい、それはなにかのまちがいだよ。


おれはみみずくの病気なんどなおしてやったことはないからな。


もっともたぬきの子はゆうべ来て楽隊のまねをしていったがね。ははん。」

ゴーシュはあきれてその子ねずみを見おろしてわらいました。

すると野ねずみのおかあさんはなきだしてしまいました。

「ああ、この子はどうせ病気になるならもっと早くなればよかった。

「さっきまであれくらいごうごうと鳴らしておいでになったのに、
病気になるといっしょにぴたっと音がとまって、
もうあとはいくらおねがいしても鳴らしてくださらないなんて。
なんてふしあわせなこどもだろう。」

「なんだと、ぼくがセロをひけば、
みみずくやうさぎの病気がなおると。どういうわけだ。それは。」

野ねずみは目をかた手でこすりこすりいいました。

「はい、ここらのものは病気になると、
みんな先生のおうちのゆか下にはいってなおすのでございます。」

「するとなおるのか。」

「はい。からだじゅうとても血のまわりがよくなって、たいへんいい気持で、
すぐになおる方もあればうちへ帰ってからなおる方もあります。」

「ああそうか。おれのセロの音がごうごうひびくと、
それがあんまのかわりになって、おまえたちの病気がなおるというのか。
よし。わかったよ。やってやろう。」

ゴーシュはちょっとギウギウと糸を合わせて、
それからいきなリ野ねずみのこどもをつまんで、
セロのあなから中へ入れてしまいました。

「わたしもいっしょについて行きます。どこの病院でもそうですから。」

おっかさんの野ねずみはきちがいのようになって、セロにとびつきました。

「おまえさんもはいるかね。」

セロひきは、おっかさんの野ねずみをセロのあなか、
わくぐらしてやろうとしましたが、
顔がはんぶんしかはいりませんでした。

野ねずみはばたばたしながら中のこどもにさけびました。

「おまえ、そこはいいかい。
落ちるときいつも教えるように足をそろえてうまく落ちたかい。」

「いい。うまく落ちた。」

こどものねずみはまるでかのような小さな声で、セロの底で返事しました。

「だいしょうぶさ。だからなき声出すなというんだ。」

ゴーシュはおっかさんのねずみを下におろして、それから弓をとって、
なんとかラブソディとかいうものを、ごうごうがあがあひきました。

するとおっかさんのねずみは、
いかにも心配そうにその音のぐあいを聞いていましたが、
とうとうこらえきれなくなったふうで、
「もうたくさんです。どうか出してやってください。」といいました。

「なあんだ、これでいいのか。」

ゴーシュはセロをまげて、あなのところに手をあてて待っていましたら、
まもなくこどものねずみが出てきました。

ゴーシュはだまってそれをおろしてやりました。

 見るとすっかリ目をつぶって、ぶるぶるぶるぶるふるえていました。

「どうだったの。いいかい。気分は。」

こどものねずみはすこしも返事もしないで、まだしばらく目をつぶったまま、
ぶるぶるぶるぶるふるえていましたが、にわかに起きあがって走り出しました。

「ああ、よくなったんだ。ありがとうございます。ありがとうございます。」

おっかさんのねずみもいっしょに走っていましたが、
まもなくゴーシュの前に来て、しきりにおじぎをしながら、
「ありがとうございます、ありがとうございます」と十ばかりいいました。

ゴーシュはなんだかかわいそうになって、
「おい、おまえたちはパンはたべるのか」とききました。

すると野ねずみはびっくりしたようにきょろきょろあたりを見まわしてから、
「いえ、もうおパンというものは、
小麦の粉をこねたりおしたりしてこしらえたもので、
ふくふくふくらんでいて、おいしいものなそうでございますが、
そうでなくてもわたしどもは、おうちの戸だなへなどまいったこともございませんし、
ましてこれくらいお世話になりながら、
どうしてそれを運びになんどまいれましょう。」といいました。

「いや、そのことではないんだ。
ただたべるのかときいたんだ。ではたべるんだな。ちょっと待てよ。
その腹のわるいこどもへやるからな。」

ゴーシュはセロをゆかへおいて、
戸だなからパンを一つまみむしって、野ねずみの前へおきました。

野ねずみほもうまるでばかのようになって、
ないたりわらったりおじぎをしたりしてから、
だいじそうにそれをくわえてこどもをさきにたて、外へ出ていきました。

「あああ。ねずみと話するのもなかなかつかれるぞ。」

ゴーシュはねどこへどっかりたおれて、すぐぐうぐうねむってしまいました。
 


 
     
それから六日めのばんでした。



金星音楽団の人たちは、町の公会堂のホールのうらにあるひかえ室へ、
みんなぱっと顔をほてらして、めいめい楽器をもって、
ぞろぞろホールの舞台からひきあげてきました。

しゅびよく第六交響曲をしあげたのです。

ホールでは、はく手の音がまだあらしのように鳴っております。

楽長はポケットへ手をつっこんで、はく手なんかどうでもいいというように、
のそのそみんなの間を歩きまわっていましたが、
じつはどうして、うれしさでいっぱいなのでした。

みんなはたばこをくわえてマッチをすったり、楽器をケースへ入れたりしました。

ホールはまだパチパチ手が鳴っています。

それどころではなく、いよいよ手がつけられないような音になりました。

大きな白いリボンをむねにつけて、司会者がはいってきました。

「アンコールをやっていますが、なにかみじかいものでも聞かせてくださいませんか。」

すると楽長がきっとなってこたえました。

「いけませんな。こういう大物のあとへなにを出したって、
こっちの気のすむようにはいくもんでないんです。」

「では楽長さん、出てちょっとあいさつしてください。」

「だめだ。おい、ゴーシュ君、なにか出てひいてやってくれ。」

「わたしがですか。」

ゴーシュはあっけにとられました。

「きみだ、きみだ。」

バイオリンの一ばんの人がいきなり顔をあげていいました。

「さあ出ていきたまえ。」

楽長がいいました。
 
 


みんなも、セロをむりにゴーシュに持たせて扉をあけると、
いきなり舞台へゴーシュをおし出してしまいました。

ゴーシュがそのあなのあいたセロをもって、
じつにこまってしまって舞台へ出ると、みんなはそらみろというように、
いっそうひどく手をたたきました。

わあとさけんだものもあるようでした。

「どこまで人をばかにするんだ。よしみていろ。『インドのとらがり』をひいてやるから。」

ゴーシュはすっかりおちついて舞台のまん中へ出ました。

それから、あのねこの来たときのように、
まるでおこったぞうのようないきおいでとらがりをひきました。

ところがちょうしゅうはしいんとなって、いっしょうけんめい聞いています。

ゴーシュはどんどんひきました。
ねこが切ながってぱちばち火花を出したところもすぎました。

扉へからだをなんべんもぶっつけたところもすぎました。

曲か終わると、ゴーシュはもうみんなのほうなどは見もせず、
ちょうどそのねこのようにすばやくセロをもって楽屋へにげこみました。

すると楽屋では楽長はじめなかまが、みんな火事にでもあったあとのように、
目をじっとしてひっそりとすわりこんでいます。

ゴーシュはやぶれかぶれだと思って、みんなの間をさっさと歩いていつて、
向こうの長いすへどっかりとからだをおろして足を組んですわりました。

すると、みんなが一ぺんに頭をこっちへ向けてゴーシュを見ましたが、
やはりまじめで、ベつにわらっているようでもありませんでした。

「今夜はへんなばんだなあ。」

ゴーシュは思いました。ところが楽長は立っていいました。

「ゴーシユ君、よかったぞお。あんな曲だけれども、
ここではみんなかなり本気になって間いてたぞ。




一週間か十日の間にずいぶんしあげたなあ。

十日前とくらべたら、まるで赤んぼうと兵隊だ。

やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、きみ。」

なかまもみんな立ってきて、
「よかったぜ。」とゴーシュにいいました。

「いや、からだがじょうぶだからこんなこともできるよ。

ふつうの人なら死んでしまうからな。」


楽長が向こうでいっていました。
 
 
そのばんおそく、ゴーシュはじぶんのうちへ帰ってきました。

そしてまた水をがぶがぶのみました。


それからまどをあけて、
いつかかっこうのとんでいった遠くの空をながめながら、

「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。

おれはおこったんじゃなかったんだ。」といいました。

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

心理学の世界

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心理学の世界(複数分野)

 

【分類】

 

臨床心理学
 
心理学というと多くの人が臨床心理学を思い浮かべる人が多い。臨床心理学は、人の悩みや問題を抱えた人を援助する方法を考える学問です。心理学的検査及び診断や心理療法の領域を含んでいます。また、精神医学的な知識、自己理解も必要になります。ほかの心理学とも関係が深いのも特徴です。


具体的には、心理療法技法としては、精神分析学や分析心理学、クライアント中心療法、行動療法、遊戯療法、催眠療法・自律訓練法などさまざまです。検査方法も性格検査の質問紙法、ロールシャッハテストのような投影法、作業検査法などさまざま。臨床心理学は、主観が大きく作用するだけに、流派や考え方が異なります。

 


教育心理学
 
教育課程における心の働きを心理学の知識と方法によって理解しようとする学問です。人間の発達には学習が欠かせません。心理学でいうと学習とは、体験や観察などを経て知識や技術、態度、価値観、思考力などを身につけることであり、学校教育だけでなく、生涯にわたって行なわれるものをさします。


「発達」では発達段階の心理的特徴、発達の法則、遺伝と環境の関わり、教育が発達に及ぼす影響など。


「人格」では知能や性格などの個人差やその構造、発達・形成の過程、欲求耐性など。

「学習」では学習過程や関連する知識・思考・記憶の働きと発達など。

 

「測定・評価」では知能や性格特性の測定、学力の評価などを研究します。

 

 

発達心理学
 
発達心理学は人間の生涯の観察から発達の法則を発見しようとする学問です。

この分野は乳幼児心理学、児童心理学、青年心理学、老年心理学と、

人生の区切りで細分化されることがあります。

さらに知能の発達、人間関係の発達、感情の発達などに分けられることもあります。

障害児の発達臨床、保育実践に関することもこの分野に含まれます。

まさに生涯を通して成長、発達を続ける人間について考えていく学問です。
 

 

認知心理学
 
コンピュータ技術や情報工学の進展が、心理学にも大きく影響しました。

認知心理学は、認知を人間の情報処理過程とみなして進められる。

知覚、記憶、思考、言語など、大きく4つの人間の情報処理の仕組みについて

研究が進んでいます。

知覚研究では、感覚や形・空間・運動の知覚の問題を、

記憶研究では記憶のプロセスや忘却の問題を、思考・言語理解の研究では問題解決過程や

概念・推理・象徴・記号、知能の問題を扱います。


 

社会心理学
 
人は日常の暮らしで他人と互いに影響を与え合っています。

その対人相互の作用の観点から人の行動を科学的に究明します。

暴動などに見られるパニックの心理は社会心理学の1つです。

国際化、高齢化、情報化、環境問題などは日常の生活にも影響を与え、

人と人の相互関係も変容しています。

その中で起きる問題をどのように克服したらよりよくいきていけるのか、

というニーズに期待も高まっている。

 

 

犯罪心理学

 
犯罪行為をする場合の人間の心のあり方、働きについて研究する応用心理学の一分野です。心理学の中でも特殊な分野に入ります。なぜ罪を犯すのか、罪を犯した人の社会復帰などが研究対象です。人間の心に秘められた異常性、本性などを知ることで犯罪行為の予防、再犯の防止に役立てられる。

精神分析理解、社会病理的理解から犯罪者の人格に迫ったり、人格形成に関わる家庭の要因・学校不適要因・社会不適要因などの研究です。
 

 

産業心理学
 
産業心理学は、組織と人の関係(組織のあり方、人間関係、仕事の条件、採用・人事など)、消費と人の関係(売る側、買う側の心理的価値に基づく消費行動)、健康と人の関係(心と体の病の治療、ストレスを克服する力の育成)を学習する。現実に起きている事象を研究するだけでなく、解決に向けてどのように取り組むかというところまで研究します。
 

 

人格心理学
 
臨床心理学の基礎ともなる領域で、性格心理学とも呼ばれます。人格(パーソナリティ)とは各個人をその人独自のユニークな存在として基礎づけているものと考えます。パーソナリティのとらえ方は様々な立場があります。パーソナリティをいくつかの典型に分類する「類型論」、どんなときも一貫している行動傾向に視点を置く「特性論」、また自我の働きを中心にしている「力動論」、行動の状況依存を重視する「状況論」などがある。

性格とは何か?個性とはなにか?他者理解とは何か?など人格形成に注目します。
 

 

家族心理学
 
家族心理学は、家族療法を背景に問題の予防、コミュニケーション、問題解決、
 家族社会学的見方などを学習する。家族療法とは、家族全員とコミュニケーショ
 ンを取り問題の把握や原因の詳細を解明・解決する療法です。
 家族心理学の意義と目的は、夫婦関係、結婚と家族の形成、親子関係、子離れ、少子化をめぐる問題などさまざまです。
 

 

災害心理学
 
災害に対する人間の心理的な反応、災害と人間の行動など、災害と人間心理の関係を研究します。災害は不可抗力的な出来事や状況であり、突発的なものだけでなく、長く続くものもあります。このような状況の出来事の心理を研究することで、二次災害を予防したり、パニックの防止を研究します。
 日本は世界各国から見ても防災の先進国ですが、災害者に対する精神面のケアは遅れています。災害時のパニック、非難行動、流言飛語(デマ)、災害体験によるトラウマ(心的外傷)の研究と成果が期待されている。
 

 

青年心理学
 
人体の性的変化とともに激動の青年期が始まります。青年心理学の定義どおり青年の心理を研究する学問です。

多くの人が児童期は社会や親の価値観に従いましたが、青年期は何に価値を置くのか自問します。そして反抗、批判という過程を通って自分の価値観を自覚して自己実現するようになります。しかし自信があるわけではなく、不安も入り交じっているので、その複雑な心理を解明していく学問です。
 

 

知覚心理学
 
知覚の働きとは視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚の5感です。知覚心理学は外部からの情報を取り入れるプロセス、そのメカニズムの解明を目的とする学問です。明るさや色などどのように人は、ものが見えるのか?錯覚はどのようにして起こるのか?など医学や生理学や、計算幾何学なども必要になりますし、理解を深めていくためには人工知能、コンピュータの勉強も必要になってきます。人間の体と心のシステムの解明を研究する。
 

 

健康心理学
 
身体的な健康は、性格、価値観などの個人的な要因だけでなく、会社、学校、地域社会など集団からも影響を受けています。健康を心理学の視点から研究します。医学、看護学、保健学、体育学、栄養学などと密接な関係があります。研究の成果は、予防、治療、診断に採用され、人々の健康に直接関与します。
 

 

動物心理学
 
動物心理学には2つの柱があります。1つは、動物自体に視点を置く研究と、人間を考えるための手段として動物を研究する2つの分野に分かれます。もう1つは、動物の外顕的行動を分析する方向で、これは従来比較心理学と呼ばれていた領域です。もう1つが、生理学的、神経科学的な分野です。これらの4つの分野が動物心理学の領域です。 人間も動物として考え、人間と動物の共通する部分や異なる部分を研究します。
 

 

スポーツ心理学
 
スポーツ心理学は、スポーツをする人の技術を効果的に向上させ、能力を最大限に引き出す方法を研究する。指導者と選手の人間関係は心理的に大きく作用するからです。メンタルトレーニングなど、動機づけを高める方法、緊張状態をどのように高めたり、解いたりする方法、 心と体の生理学や改良改善の研究をします。


 

環境心理学
 
心の働きを仲立ちに環境と人間の関係、相互作用を体系的に探求するのがこの分野です。環境心理学は、人間と環境のよりよい関係の実現を目指して、意識と行動面から追及する。空間デザイン心理、パーソナルスペース、環境問題、環境犯罪心理学など心を取り巻く環境についての研究で成果を上げます。

 


カウンセリング心理学

対人援助技術であるカウンセリングの実践技法と理論体系、研究法(リサーチ法)を修得する為の学問分野であるが、知識習得の学術的な事柄だけでなくカウンセリング特有の『ラポール(相互的な信頼関係)に基づく人間関係』を体験的に学ぶことも重視される。

カウンセリング心理学とは、究極的には、『人間の行動・人格・感情』を生み出す複雑な心理メカニズムを理解することを目的とした研究実践分野である。


心理学は人間・動物の行動(認知・情動・思考)を予測できる一般法則を定立することを目的とするが、カウンセリング心理学は人間の対人関係や精神状態を規定する一般法則を応用して『問題行動・問題状況・性格の偏り・対人関係の葛藤・心理的な苦悩』を解決(緩和)することを目的としている。

カウンセリングとは、クライエントを全人的に援助して効果的に変容させるための心理面接であり、クライエントの利益(目的・成長・改善)に貢献するための共感的(専門的)な人間関係である。


カウンセリング心理学は、『人間とは何か?』という壮大で深遠な哲学的な疑問に実用的に応える学問であり、『人格論(性格論)・技法論(治療論)・病理論(異常心理学)』の3大領域から成り立っている。臨床心理学の3大領域は、『心理アセスメント(心理テスト)・異常心理学(精神病理学)・心理療法(技法論)』である。

カウンセリング心理学も臨床心理学も、最近ではエビデンス(科学的根拠)を重視するため、心理統計学に基づく統計リサーチの研究が多く行われている。

 

 

教育学分野におけるカウンセリングが専門領域として確立しているアメリカでは、カウンセリング・サイコロジスト(カウンセリング心理学者)といえばPh.D.(学術博士号)の博士号を持つ臨床心理学者を指し、カウンセラーといえば修士号を持つ臨床心理学者を指す。

 

日本では学位を基準としたカウンセラーの分類は存在しないが、修士号取得者を対象とした「臨床心理士」の民間資格がポピュラーな専門資格として認知されていて、カウンセラーというよりも心理臨床家としてのアイデンティティが強調されつつある。

日本においては、カウンセリングと心理療法は臨床心理学の研究範囲に包摂されているが、アメリカではカウンセリングはあくまで教育学の下位分類であり、心理療法(精神療法)は医学や心理学の下位分類となっている。つまり、この学問領域の分類は、カウンセリングは教育指導的な人間関係を主軸とした心理面接であり、心理療法は臨床的・治療的な専門技法を中心にした臨床面接であることを示唆しているのである。

 

教育学に分類されるカウンセリング心理学には、カウンセリングの理論と技法、カウンセリング・マインド、調査研究法、相談業務分類、異文化間カウンセリング、職業指導(産業心理学)、人格心理学などさまざまな分野が含まれている。その意味でカウンセリング心理学は、人文学領域における隣接諸分野を広範に包括する複合的な学問分野ということができる。

 

 

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※公認心理師(国家資格)☆

わが国初のカウンセラー国家資格の誕生☆

2015年9月9日の参議院本会議にて、

 「公認心理師」という国家資格を設ける法律が可決成立した。

わが国初のカウンセラーの国家資格化という話。

業界的には、重大ニュース。

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カウンセラー・心理職の国家資格化は、

20年以上前から議論を繰り返しつつ実現していなかった。

しかし、近年の労働者を巡るメンタルヘルス不全や、

自殺という社会問題を背景に、

ようやく待望の国家資格化を果たすことになった。

.。゚+.(・∀・)゚+.。゚

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公認心理師の資格は国家試験で認定し、

受験資格は法律で定める大学を卒業の後、

大学院の課程を終了した者や、

別に定める一定の実務経験を持つ者に与えられるという。

今まで国家資格の存在しなかったカウンセラー業界全体の信頼性の向上に

寄与するものと期待する。

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★国家資格化により民間資格はどうなるか?

国家資格化の目的は、

「公認心理師の資格を定めて、その業務の適正を図り、

もって国民の心の健康の保持増進に寄与する」

となっている。

資格取得については、従来の臨床心理士同様、

公認心理師になるにはハードルが高そう。。。

当面は既得権を侵さないという意味で、

既存の実務者への配慮はなされそうな気配だが・・・

.。゚+.(・∀・)゚+.。゚

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受験資格を得るスタンダードな進路は、

「大学卒+大学院修了」。

一定以上の知的能力と財力が必要であり、

社会人がキャリアチェンジとして選択するには

難しい面があるため、

既存の社会人受講生が大勢を占める

「産業カウンセラー」などは、 一定のニーズを保ちながら

併存することになるのかもしれない。

.。゚+.(・∀・)゚+.。゚

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フォーカシング2

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フォーカシング focusing| ユージン・ジェンドリン


◇フォーカシング、焦点合わせ、照準づけ focus(s)ing

 


まず、気がかりなことを思い浮かべる。

それを頭がどう理解しているかではなく、
身体の中で感じられている感覚に注意を向け、
問題を全部包み込んでいる丸ごと、
全体としての一つの大きな気分を感じるようにする。

経験・体験そのものに触れる事によって、
そこから自然に示されてくる意味に気づき、
新しい力や方向性を得るように導く心理療法。

 


◆フォーカシングは心理療法のひとつであり、
自己理解と体験学習を促すための方法である。

1960年代から、アメリカのジェンドリンによって開発され、
他にはヒンターコック法などもある。



「体験学習」を具体的に言えば、人間の内的変容である。

内的変容とは、外界の出来事にとどまることなく

内面深く物事を感じ取ることにより、

問題解決を生み出す現象を意味している。

 

 


1、フォーカシングの準備

まず、フォーカシングにどれくらい時間が取れるかを予測してください。
30分くらい取れれば理想的ですが、10分でも十分効果があります。
10分のフォーカシングでは後半2分程度が終了のために使われます。
30分であれば5分くらいです。

そして、寒くなったりしないように場所の温度を調整するか上着を着て調整します。
フォーカシングの内容をメモするために、
筆記用具を用意したり、ICレコーダーを用意してもいいです。

※時間はあくまでも目安のですので、
フォーカサーの感覚で調整して構いません。

 


2、問題を思う

フォーカシングの入り方は2つあります。
・一つは問題を決めて始める方法です。
・漠然と身体からわき上がるフェルトセンスを待つ方法です。

この場合、今抱えている問題が対象になり、
意識していないものになることもあります。
ここでは、問題を決めて始める方法をとります。

深呼吸を2回して、問題を思います。深呼吸2回というのは、
身体への条件付けですので別の方法でも構いません。
深呼吸2回がフォーカシングのスタートだと身体に思いこませれば、
いつでも簡単にフォーカシングにはいることができるようになります。

前回中断したフォーカシングの続きをする時も、
中断した問題を思ってそこから始めることができます。
※毎回同じように入ることで、状態を作りやすくなります。
アンカーとかルーティーンなどと呼ばれます。

 


3、体の内側に注意を向ける

自分の注意を身体の内側に向けます。
多くの場合、フェルトセンスは胃や、みぞおち、胸、のどなど、
身体の中心線に沿って現れることが多いです。

上下に往復してフェルトセンスがないか探してみます。
それでも見つからない場合は、
身体の中心線から離れたところも探していきます。

瞑想慣れしている人の場合、
身体感覚がなくなってしまうとフォーカシングになりませんので、
その場合は目を開けてみたり、
身体を揺すってみたりして身体の感覚を維持してください。

 


4、気になる感じを見つける

フェルトセンスが見つかったら、他にもないか探してみます。
いくつも出てくる場合もありますし、一つしか出てこない場合もあります。
複数出てきた場合は、同時に扱うべきかどうか、体に聞いてみてください。

扱うべきでない場合や、多すぎる場合は、
クリアリング・ア・スペースの方法で対象のフェルトセンスを絞ります。

 


5、見つかった感じを客観的に見つめる

見つかったフェルトセンスを客観的に認めるために、
「こんにちは」と挨拶をします。

フェルトセンスは、あなたの中に、そう感じる部分があるということです。
挨拶をすることは、存在を認めることです。

 


6、その感じを比べる

挨拶をしたフェルトセンスについて、名前を付けます。
名前を付けたら、その名前を身体に戻して確認します。

つまり、そのフェルトセンスに、【あなたを○○って呼んで良いかな?】という風にです。

リアクションとしては、
・しっくりいく感じがする。
・一部分がしっくりいく感じがする。
・しっくりいかない。
の3つくらいがあります。

しっくりいく感じがするまで、ぴったりの名前を探します。

この名前がしっくりいかないと、
うまくコミュニケーションが取れない場合が多いので、
面倒がらずに最適な名前をつけましょう。

 


7、ゆっくりと付き合う

しっくりいく名前が見つかったら、その隣に座ってみます(イメージで構いません)。
相手(フェルトセンス)が話をしてくるかどうか少し待ってみます。
話しかけてこなければ、「○○さん(つけた名前)、こんにちは」と言ってみます。

 


8、聞いてみる

フェルトセンス側から見るとフォーカサーは外から近づいてくるものです。
こちらと同じ感覚をフェルトセンスが持っているとは限らないので聞いてみます。
フェルトセンスと仲良しになれると、
この後のフォーカシングを進めることがとても楽になります。

 


9、質問する

○○について質問する段階です。

例えばフェルトセンスが怖がっているようであれば、
「どうして怖がっているの?」と聞いてみる。

いろいろと話をした(コミュニケーションが成立した)後に
「それには何が必要なの?と尋ねてみます。

そして、「『何もかも大丈夫』になったら、
どんな感じか教えて欲しい」と身体に頼んでみます。

フェルトセンスとフォーカサーが協力して問題を理解していきます。

 


10、終わりにする

問題についてお互いの理解が得られれば、終了になります。

セッションを終わりにする時はフェルトセンスを尊重して
「あと1,2分で終わりにしても大丈夫かな?
それとももっと私に伝えたいことがあるかな?」と聞いてみます。

ここで、一気にセッションが進む可能性もあります。

終わりにする時に、まだ解決する問題があると言うことであれば、
次回また戻ってくることをフェルトセンスに伝えます。

それには、「また戻ってくるからね」と伝えるだけでOKです。

 

 

11、最後に

「私につきあってくれた部分と私の身体に感謝します」と、
感謝の気持ちを伝えます。

この手順は今後のフォーカシングをスムーズに進めるために必要なことです

 

 

 


以上のような体験過程を経て、内的変容に至る心理療法をフォーカシングという。

【ユージン・ジェンドリン Eugene T. Gendlin】 (1926年-~)

・アメリカの哲学者・臨床心理学者で、体験過程(Experiencing)理論を提唱し、

フォーカシング(Focusing)を創始した。
 

 

 

 

※【参考文献】


「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「フォーカシング」1982 ユージン・ジェンドリン 福村出版
「やさしいフォーカシング」1999 アン・ワイザー・コーネル コスモス・ライブラリー出版


 

マズローの欲求5段階

マズローの欲求5段階説

「アブラハム・マズロー(1908~1970)」アメリカの心理学者



【マズローの欲求5段階説】 は、様々な動機の階層的構造を明らかにした。


・人間の行動には動機がある。
人間の持つ内面的欲求は5段階の階層に分かれており、低次の欲求が満たされると順に、
より高次の欲求を求めるようになるという仮説。




第1段階:
生理的欲求(physiological needs)
衣食住、睡眠の欲求など「生命維持」と直結した欲求

第2段階:
安全・安定欲求(safety-security needs)
危険や脅威、不安から逃れようとする欲求

第3段階:
所属・愛情欲求/社会的欲求(belongingness-love needs)
集団への帰属や愛情を求める欲求「愛情と所属の欲求」又は「帰属の欲求」

第4段階
承認欲求:自我・尊厳の欲求(esteem needs)
他人から承認され、尊敬され、人の注目を得たいという欲求。
名声や地位を求める出世欲もこの欲求の一つ。

第5段階
自己実現欲求(self-actualization needs)
自己の世界観や人生観に基づいて目標に向かい自分を高めようとする。
潜在的な自分の可能性の探求や自己啓発、創造性へのチャレンジなど含む。


人間は第1段階の生存の欲求(生理的欲求)が満たされると、
より高次元の段階の欲求(第2~第4)を求め、
最終的に第5段階の自己実現を求めて生きる。

 





 

※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社

ダブルバインド

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臨床心理学


二重拘束理論|ダブルバインド理論 (Double bind theory)

 

ダブルバインド(Double bind)とは、

ある人が、「メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況」におかれること。

この用語はイギリスの人類学者 グレゴリー・ベイトソンによって造語された。

1956年、グレゴリー・ベイトソン Gregory Bateson(1904~1980)による発表。

 

 

◇親からふたつの相矛盾するメッセージを伝えられた子どもが、

その矛盾を指摘することを許されず、同時に何らかの応答を強要されるといった状況のこと。

 

 

 

【定義・内容】


「甘えてもいいよ」という両親。

しかし、両親の言外の態度では「甘えるなよ」というメッセージを発している。

子どもは、そんなメッセージを読み取り、甘えられない。

すると両親は「甘えてくれないのね。親を嫌っているのね」と不愉快を表明する。

子供は、どちらをとっても怒られる。このような状態を二重拘束という。

 

 

【二重拘束が起きる状況】・・・6つの条件


1、複数の人間の存在。

2、二重拘束的なことが繰り返し起こる。

3、「もし○○しなければ、罰を与える」という、ネガティブな命令(一時的命令)」

4、二次的ネガティブ命令。
  ・母からの「私を味方にしなさい」というメッセージを言語化せずに態度で表現する。

5、被害者(拘束される者)が二重拘束の場から逃避することを許さない、三次的命令。
   (4の例では、子どもが両親のどちらにも加担しない場合、両親から責められる)

6、一度、被害者が二重拘束的パターンの中にいると認知すれば、
  ・その認知だけで被害者は混乱して身動きがとれなくなる。
   (ついには、このような矛盾した形で世界が成立していると知覚する)


被害者は物事を論理的に判断する能力を麻痺させてしまう。(松原,2002)

 

 

 

 

【例】

親が子供に「おいで」と(言語的に)言っておきながら、

いざ子供が近寄ってくると突き飛ばしてしまう。

(非言語的であり、最初の命令とは階層が異なるため、矛盾に気づきにくい)。

呼ばれてそれを無視すると怒られ、近寄っていっても拒絶される。

子は次第にその矛盾から逃げられなくなり疑心暗鬼となり、家庭外に出ても

そのような世界であると認識し別の他人に対しても同じように接してしまうようになる。

そして以下のような症状が現れる、とした。

 

 

 


●言葉に表されていない意味にばかり偏執する(妄想型)

●言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなる(破瓜型)

●コミュニケーションそのものから逃避する(緊張型)

 

 

 

 

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※【参考文献】


「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社

 

昇華

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昇華(sublimation)|防衛機制 

 

防衛機制 (defense mechanisms)

 

 

 

【昇華】

 ・性や攻撃性など社会的に認められない衝動を芸術活動やスポーツなどの、

より社会的・道徳的に価値あるものに置き換えること。自我が自分を守るための手段の一つ。 

 

 

 

◇昇華の概念は、アンナ・フロイトや、

フェニケル(Otto.Fenichel  1898~1946)などにより明確化された。

 

アンナ・フロイトは、「自我と防衛」(1937)で、「昇華は衝動に対する自我の防衛であり、

衝動による脅威からおきる不安や超自我(良心)のとがめが生じる不安からの防衛の手段である」

としている。

 

精神発達との関連では、社会的価値の理解を前提とし、

超自我がなければ昇華が成立しないことから、一般に3~5歳に抑圧とともに昇華が学習され、

6~12歳の学童期に昇華は主役となり、勉強やスポーツに熱中し、

特に思春期には芸術上にも創造的な活動がみられるとしている。

 

 

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◇ フェニケル(Otto.Fenichel  1898~1946)は、葛藤に対する不安を防衛したかどうかによって、

昇華を成功的防衛(successful  defense)と、不成功的防衛(unsuccessful  defense)とに分けた。

 

前者が衝動を直接に満足させる代わりに、対象を間接的なものに置き換えて、

社会に適応した形で満足できるので、衝動のエネルギーが解き放されて、

葛藤は適切に解決され、衝動のエネルギーを生産的で有用なエネルギーとして活用できる。

 

一方、防衛に成功しないと衝動は抑圧などによって無意識の中に閉じ込められ、

この抑圧のために精神的エネルギーや回避するエネルギーを消費してしまうので、

最終的に神経症の形を示す、とフェニケルは考えた。

 

 

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 ◇「昇華」は、スポーツ、芸術活動などによる満足とともに葛藤を自ら解決した満足感で満たされる。

また、昇華の能力は個人による格差が大きく、衝動の強さ、資質の差、教育の差、

柔軟性などによって異なる。

 

最低限の衝動の解放ができない場合は神経症状態に陥ることから、

個人の昇華能力の大小は、その人の健康のバロメーターでもある。

 

昇華の働きは、人類が他の動物と異なった文化を創造する上で重要な働きをしている。

 

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

絵画療法|アートセラピー (art therapy)

 

 

◇広い意味での芸術療法(arts therapy)のうち、主として絵画を媒体として行われる心理療法。

 

 

◇長期入院患者に対するレクリエーション療法として行なわれる場合と、

非言語的精神療法(nonverbal psychotherapy)として行なわれる場合とがある。

絵画療法は言語的心理療法や薬物療法などに対して補助的な治療的意義をもつが、

若年児など言語によるコミュニケーションが困難なクライエントにあっては、

治療的アプローチの中心ともなりうる。

 

 

◇絵画療法では以下に述べる絵画表現の特徴を利用して、

心身に障害のある者の診断と治療を行なう。

まず、描画表現には、言語では表現できない感情が投影されたり、

意識下におさえられている問題が象徴的に表現される場合がある。

そのため、描画を通じて、治療者が患者の問題点を把握したり、

患者が自らの内面の心理に気づくことができるほか、

表現すること自体がカタルシス(浄化)の効果を有する場合がある。

 

 

◇描画表現は、個性的であると同時に、

一定のパターンに従って表出が行なわれる傾向がある。

例えば・・・

木や人物や風景の描画は、描く人の年齢や発達に応じて一定の特徴を示す。

また統合失調症や躁うつ病あるいは神経症者の描画にそれぞれの特徴があることも知られている。

 

表現された描画をみて、人の発達段階や精神状態をある程度、把握することも可能である。

また、患者の描画の変化を継時的に追うことによって、

症状の経過や予後についての知見が得られる場合もある。

 

 

 ◇描かれたものは、治療者にも患者にも属さない第3の領域として存在する。

そのため、治療者と患者とは、描かれたものについて、

感じていること、気づいたことを、余裕をもって話し合うことができる。

 

さらに、治療者と患者の関係の中で、患者の内的なイメージを吟味することで、

患者が自分ひとりでは受け入れる事ができなかった感情や感覚に触れ、

洞察を深めることができる。

 

患者が言葉をとおしては感じられなかった自分らしさに気づき、

治療者もそれを感じとって行くことが、

人との信頼関係を回復させることにもつながって行く。

 

 

 

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◇絵画療法の技法を大きく分けると、個別法と集団法、自由画法と課題画法などがある。

自由画法とは「今、心に浮かぶこと、気になっていることなどを何でもいいから、

自由に絵にしてみてください」などという教示によって描いてもらう。

人によっては、自由に描くことが、かえって困難な場合があり、

絵画療法の適応の可否を確かめる意味からも次のような方法をとる場合がある。

 

 

 

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(1)空間分割法

 

・画用紙に患者が縦横の線を引いて分割する。

色彩分割法では、そこに生じた小空間にクレヨンで色彩をつける。

それらを患者と治療者が交互に行なう場合もある。

また、先に治療者が患者の目の前で画用紙に枠を描く方法を「枠づけ法」と呼ぶ。

 

 

(2)なぐり描き法

 

・患者が自由になぐり描きをし、それに投影したものを彩色する、スクリブル(scribble)法や、

これを患者と治療者が交互に行なう、スクイッグル(squiggle)法がある。

「枠づけ法」が併用される場合が多い。

 

 

(3)バウムテスト

 

・コッホ(K.Koch)によって創案された心理テスト。樹木画法ともいう。

画用紙に鉛筆で樹を1本描いてもらうことによって、

患者の発達段階や人格的側面を理解することに役立つ。

 

 

(4)人物画法

 

・人間の全身像を描くもの。

グットイナフ(F.L.Goodenough)によって、

子どもの知的水準や発達段階をとらえるための「心理検査」とされた。

 

 

(5)風景画法

 

・徳田良仁らは、バック(J.N.Buck)のHTP法(家と木と人)を発展させ、

1枚の紙にこれら三つのアイテムを描く、「統合的HTP法」を考案した。

 

・中井久夫は、「風景構成法」

(画用紙に枠づけし、患者がサインペンで、川・山・田・道・家・木・人・花・動物・石を順に描き、

風景を完成させる。他に描きたいものがあればそれを付加し、クレヨンで色彩をつける)を創案した。

 

 

 (6)家族画法

 

・バーンズとカウフマン(R.C.Burns & S.H.Kaufmann)は、

患者の家族ついての情報を得ることを目的として「動的家族描画法」を開発した。

 

・岩井寛は、患者個人の家族イメージを重視し、「マルと家族画法」を提唱した。

 

家族療法では、これらを家族の成員がそれぞれ個別に描くことにより、

家族間のコミュニケーションの媒体として用いることがある。 

 

 

 

 

 

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【カール・グスタフ・ユング】 Carl Gustav Jung (1875年7月26日~1961年6月6日)

 

スイスの精神科医・心理学者。

深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)の理論を創始した。

スイス、ボーデン湖畔のケスヴィルでプロテスタント牧師の家に生まれる。

少年期は己の内面に深い注意が向けられ、善と悪、神と人間についての思索に没頭し、

学生時代はゲーテ、カントやニーチェの著作に感銘を受けた。

内的な基盤を持たない形式的な信仰というものに疑問を感じ、

牧師という職を継ぐことを特には望まず、名門バーゼル大学で医学を学んだ。

 

生理学的な知識欲を満たしてくれる医学や、歴史学的な知識欲を満たしてくれる考古学に

興味を抱き、友人と活発に議論を交わし、

やがて人間の心理と科学の接点としての心理学に道を定めた。

精神疾患の人々の治療にあたるとともに疾患の研究もすすめ、

特に当時不治の病とされた分裂病(統合失調症)の解明と治療に一定の光明をもたらした。

ヒステリー患者の治療と無意識の解明に力を注いでいたフロイトと一時親しく意見を交わした。

1948年に共同研究者や後継者たちとともに、スイス・チューリッヒにユング研究所を設立し、

ユング派臨床心理学の基礎と伝統を確立した。

またアスコナで開催されたエラノス会議において、主導的役割を演じることで、

深層心理学・神話学・宗教学・哲学など、

多様な分野の専門家・思想家の学際的交流と研究の場を拓いた。

 

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※【参考文献】


「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社

 

逆転移|対抗転移

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対抗転移 逆転移 (counter-transference)

 

 

◇被分析者に対する分析者の無意識的反応の総体

 

◇特に被分析者の転移に対して、分析者自身の無意識的、不合理、幼児的な感情、

思考、態度が、被分析者に繰り返し向けられる現象。

 

 

 

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◇対抗転移は、1910年にフロイトにより初めて精神療法に導入された概念で、

転移と同様に重要な役割を果たしている。

 

フロイトは、「被分析者が分析者に対して向ける特殊な感情や態度のこと」を「転移」と呼び、

これとは逆方向に、「分析者の側が無意識のうちに被分析者に対して個人的な感情を向けたり、

私的な反応をすること」を「対抗転移」(逆転移)と呼んだ。

 

  

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 ◇被分析者の無意識の葛藤を正しく解釈するのに重要な分析者の中立性を

対抗転移が損なう恐れがあるとフロイトは考えた。

そこで、当初対抗転移を分析者の抵抗と考え、被分析者を治療するうえでの障害であるから、

できるだけ避けるべきであり、分析、あるいは少なくとも自己分析によって、

消滅されるべきだ、とされた。

 

 

◇これに対してユング(1875~1961)は、分析者も人間である以上、

いかに受け身的、中立的態度を保持しようとしても、ときには被分析者に深く影響されざるを得ない。

だから、この事実を受け入れ可能な限り、意識化するほうが良い、とした。

そこで、分析者が自己の無意識過程を熟知するために教育分析を受ける必要があることを力説した。

 

 

このように、対抗転移には、歴史的に治療の妨げになるので出来るだけ排除しようとする立場と、

対抗転移を自覚、理解し、柔軟適切に治療に活用しようとする立場と二つがある。

 

当初、対抗転移は、内容が分析者自身にかかわることであるだけに、

あいまいにされてきたきらいがあった。

しかし、1950年以降、治療が人間関係によることがますます理解され、

分析者の反応がより重要視されるようになったことにより、

治療を進めるうえで、対抗転移も積極的な意義があるものとして注目されるようになった。

 

 

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◇ハインリッヒ・ラッカー(Heinrich Racker)

・ハインリッヒ・ラッカーは、「転移状況は必ず対抗転移状況を誘発する。

そしてそれは普遍的な、そして個人に固有な無意識の法則に従っている」と述べ、

対抗転移の特徴を次の3つにわけた。

 

a・・・転移と同様に分析作業にとって最大の危険物である。

b・・・患者を理解する最上の手段である。

c・・・解釈する人としての分析医を補助するものである。

 

 

◇アニイ・ライヒ(A.Reich)

・アニイ・ライヒは、「対抗転移は(ただ不可解な事象であるだけでなく、また)、

分析治療に必要な前提条件でもあるのだ。

もしもそれが存在しないならば、分析治療に必要な才能や興味が失われてしまう。

しかし、それは、影のように背景にとどまっていなければならない」と述べ、

対抗転移の重要性と特質とを説明している。

 

 

◇メニンガー(K.Menninger)

・メニンガーは、対抗転移の一般的な現れ方を次のように4つあげている。

 

1・・・嫌悪感、不快感、不安、抑うつ感、無力感、焦り、などの感情。

2・・・共感できない特定の話題にとらわれる、眠くなる、身構える、自分のことにとらわれる

    遅刻する、度忘れ。 

3・・・過度に好意を向ける、援助したがる、恋愛的、性愛的な感情が続く。

4・・・患者の夢を見る。

 

◇このように対抗転移を理解し、この存在に注意を払っていなければならないが、

ただ、対抗転移を恐れるあまり、治療が不毛になってはならない。

また、自分の対抗転移の分析に夢中になりすぎて、治療本来の対象を忘れてしまったり、

知的に分析するだけで事足れりという態度は治療の妨げになるので、

分析者はたびたび教育分析を受け、治療過程を見つめなおす必要がある。

 

 

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◇現在ではシンガー(E,Singer)の立場が一般に広く受け入れられている。

対抗転移は、「治療者が自分自身について何かを知ったり、学んだりすることへの、

治療者自身の抵抗の現れとして、また自分自身のある側面を忘却し、

未解決の葛藤を隠しておきたいという願望の反映として考えられる」と述べている。

 

 

◇精神分析療法は、病める人と健康な人との間の相互関係とみなされがちであるが、

本来は、2人の人格の相互関係である。

二つの全人格がそれぞれに、分析状況の一つ一つの出来事に影響しているのである。

したがって、治療関係において、分析者は、被分析者の転移や防衛を理解しようとすることだけでなく

自分自身の中におこっているいろいろな対抗転移を認識、コントロールすることが、

被分析者の理解につながる、という相互作用を重要視する必要がある。

 

 

 

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【カール・グスタフ・ユング】 Carl Gustav Jung (1875年7月26日~1961年6月6日)

 

スイスの精神科医・心理学者。

深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)の理論を創始した。

スイス、ボーデン湖畔のケスヴィルでプロテスタント牧師の家に生まれる。

少年期は己の内面に深い注意が向けられ、善と悪、神と人間についての思索に没頭し、

学生時代はゲーテ、カントやニーチェの著作に感銘を受けた。

内的な基盤を持たない形式的な信仰というものに疑問を感じ、

牧師という職を継ぐことを特には望まず、名門バーゼル大学で医学を学んだ。

 

生理学的な知識欲を満たしてくれる医学や、歴史学的な知識欲を満たしてくれる考古学に

興味を抱き、友人と活発に議論を交わし、

やがて人間の心理と科学の接点としての心理学に道を定めた。

精神疾患の人々の治療にあたるとともに疾患の研究もすすめ、

特に当時不治の病とされた分裂病(統合失調症)の解明と治療に一定の光明をもたらした。

ヒステリー患者の治療と無意識の解明に力を注いでいたフロイトと一時親しく意見を交わした。

1948年に共同研究者や後継者たちとともに、スイス・チューリッヒにユング研究所を設立し、

ユング派臨床心理学の基礎と伝統を確立した。

またアスコナで開催されたエラノス会議において、主導的役割を演じることで、

深層心理学・神話学・宗教学・哲学など、

多様な分野の専門家・思想家の学際的交流と研究の場を拓いた。

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「転移と逆転移」2000 H,ラッカー/著 岩崎学術出版社
「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「ユングの分析技法」転移と逆転移をめぐって マイケルフォーダム/編 培風館
「転移・逆転移―臨床の現場から」 氏原寛/編 人文書院
「分析空間での出会い―逆転移から転移へ」1998 松木邦裕/著 人文書院

 

ハンス・セリエ

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ハンス・セリエ  Hans Selye (1907-1982)

 

 

 

【ハンス・セリエ】ハンス・セリエ Hans Selye (1907-1982)

 


・セリエは、カナダの科学者でキャノンやベルナールなどの研究を発展させ、

刺激に対する生体の反応について体系づけ1936年Natureという科学雑誌に「ストレス学説」を発表。

 

日常的に用いられるストレスという言葉は、有害な環境因子(ストレッサー)を意味するが、

ハンス・セリエが導入したストレス概念は、有害・無害、有益・無益を問わず、

何らかの刺激に対する生体の非特異的な反応を意味するもの。

 

「ストレス」という言葉は生物が外的あるいは内的な刺激に適応していく過程を概念化したもの。

適応の過程では自律神経や各種のホルモンが働く。人の意志の働く。

 

 

セリエの「 stress without distress」という著書に "Stress is the spice of life" という文章がある。

 

「ストレスは人生のスパイスである」という意味。

 

彼はまた "Absence of stress is death" とも述べている。

「ストレスの欠如は、死である」という意味。

 

 

ストレス(ストレッサー)には有害なものだけでなく有益なものもあり、

いずれにしても生きていく上で避けて通ることが出来ないものなら、

悪と善の区別することなく丸ごと受け入れて、乗り切ることが大切だということを説いている。

 

 

 

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【ストレス】

 

 

◆心理学的ストレス理論

・生活の中で日常的に感じるストレスを心理学的に理解してその対処を考える理論。

 

◆ストレスの心理学的理解

・ハンス・セリエ(1907~1982)によって提唱された「ストレス」の概念は、

外界からもたらされる非特異的な身体的反応を総称するものであった。

 

ところが・・・

セリエのストレス学説は基本的に生理学的なストレスのメカニズムに焦点を当てており

心理学的要因についてはほとんど考慮されていなかった。

 

その後の研究においては・・・

いずれもストレスが生起する過程において心理学的要因が重要であることが報告されている。

 

現在「心理学的ストレス」の定義として最も広く支持されているのは、

アメリカの心理学者「R・S・ラザルス(1922~2003)」の定義である。

 

ラザルスは、ストレスを、「外的状況の特性や内的状態ではなく、環境の要求とその認知、

およびそれに対する対処能力の認知との複雑な相互作用からもたらされる過程を指す」と定義した。

 

 

 

◆心理学的ストレス反応は・・・ 

情動的な変化を中心とする反応であり、

情動的反応に伴って生じる認知的反応や行動的反応を含んでいる。

 

  

 

 

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※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書
「認知療法・認知行動療法カウンセリング」2006 伊藤絵美/著 清和書店
「 stress without distress 」 ハンス・セリエ/著

ラザルス

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ラザルス  Lazarus,Richard S. (1922-2003) アメリカの心理学者

 

 

 

【R・Sラザルス】 (1922-2003) 

 

・ラザルスは、心理的ストレス研究の第一人者であり、

ストレスに対する認知の役割を重視した理論を提唱している。

 

 

ストレスの程度について・・・

 

1:出来事の脅威度や影響性をどのようにとらえているか

2:直面する問題をどの程度コントロールできると認識しているか

3:どのような具体的対応を行ったかの個人差に強く影響される

 

 

ラザルスらは、この理論に基づく実証的研究を幅広い年齢層に対して行い、

心理的ストレス発生のメカニズム解明に大きく貢献した。

 

 

 

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【ストレス】

 

◆心理学的ストレス理論

・生活の中で日常的に感じるストレスを心理学的に理解してその対処を考える理論。

 

◆ストレスの心理学的理解

・ハンス・セリエ(1907~1982)によって提唱された「ストレス」の概念は、

外界からもたらされる非特異的な身体的反応を総称するものであった。

 

ところが・・・

セリエのストレス学説は基本的に生理学的なストレスのメカニズムに焦点を当てており

心理学的要因についてはほとんど考慮されていなかった。

 

その後の研究においては・・・

いずれもストレスが生起する過程において心理学的要因が重要であることが報告されている。

 

現在「心理学的ストレス」の定義として最も広く支持されているのは、

アメリカの心理学者「R・S・ラザルス(1922~2003)」の定義である。

 

ラザルスは、ストレスを、「外的状況の特性や内的状態ではなく、環境の要求とその認知、

およびそれに対する対処能力の認知との複雑な相互作用からもたらされる過程を指す」と定義した。

 

 

◆心理学的ストレス反応は・・・ 

情動的な変化を中心とする反応であり、

情動的反応に伴って生じる認知的反応や行動的反応を含んでいる。

 

  

 

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※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書
「認知療法・認知行動療法カウンセリング」2006 伊藤絵美/著 清和書店
「 stress without distress 」 ハンス・セリエ/著

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