心理学: 2010年2月アーカイブ

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◆エディプスコンプレックス(Oedipus complex)

 

・男児が3~5歳の男根期(S.フロイト)に両親に対して抱く無意識の愛憎の心性。

エディプス王が父親を殺し、母親と結婚したギリシャ神話に基づき、S.フロイトが命名した。

男児は母親に性的関心を、競争相手である父親に敵対心を抱くようになる。

母親への近親相姦的感情は父親による「去勢の脅迫」で終結し潜伏期へと移行する。

 

 

※この理論の中に見られる母親に対する近親相姦的欲望をフロイトは、

ギリシア悲劇の一つ「エディプス王」になぞらえ、エディプスコンプレックスと呼んだ。

知らなかったとは言え、父王を殺し自分の母親と結婚したという物語である。

 

 

コンプレックスの概念】

 

フロイト自身は「複合(Complex)」という言葉は使わなかった。

「コンプレックス(複合)」はユングの用語であり、明確で理解し易いので、

それ自身がフロイトの用語法を、フロイトの弟子達が継承せず、

勝手に「エディプス複合」と称したのであって、

フロイトは弟子達に、最後まで、「複合という言い方は間違っている」と批判したが、

精神分析では、フロイトの意図に反して「エディプス複合」が正式な名称となってしまった。

 

 

 

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※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書
「図説 現代心理学入門」(三訂版)2007 金城辰夫/監修 培風館

 


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スーパーエゴ

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【超自我】

 

超自我は、自我とエスをまたいだ構造で、
ルール・道徳観・倫理観・良心・禁止・理想などを自我とエスに伝える機能を持つ。

厳密には意識と無意識の両方に現れていて、意識される時も意識されない時もある。
ただ基本的にはあまり意識されていないものなので、一般的には無意識的であるとよく説明される。

父親の理想的なイメージや倫理的な態度を内在化して形成されるので、
それ故に「幼少期における親の置き土産」とよく表現される。
精神分析学においてはエディプス・コンプレックスという心理状態を通過して形成されると考えられている。

超自我は自我の防衛を起こす原因とされている。
自我が単独で防衛を行ったり抑圧をしたりするのは稀であるとフロイトにおいては考えられている。

また超自我はエスの要求を伝える役目も持っており、
例えばそれは、無意識的な欲求を知らず知らずのうちに超自我の要求を通して発散しているような場合である。

他にも超自我は自我理想なども含んでいると考えられ、自我の進むべき方向(理想)を持っていると考えられている。

夢を加工し検閲する機能を持っているので、フロイトは時に超自我を、自我を統制する裁判官や検閲官と例えたりもしている。


超自我は前頭葉の働きと関係があるとされているが、脳科学的実証はされていない。

 

 

 ※以下は、英語版Wikipedia「Super-ego」の訳


 

超自我(スーパー・エゴ)とは、文化的な内在化された規範を反映したものであり、

主に、両親が子どもに案内したり子どもに影響を与えるために、子どもに教え与えたものである。

 

フロイトは、より早期の、「自我」という概念と、「『自我』による自己愛的な満足を監視する、我々が良心と呼ぶ特別な精神的装置」という概念との組み合わせから、この「超自我」という概念を発展させた。フロイトから見れば、超自我を取り込むことは、親の助けによる、親との同一視の成功として理解される。

超自我が発達するにつれて、教育者や教師や道徳のモデルとして選ばれた人など、親の立場に立つ人達からの影響を取り込むようになる。

 

超自我は完璧を目指す。

超自我は、人柄(パーソナリティ)の組織化された一部分である。

超自我は、概ね無意識的に行われるが、完全に無意識的ではない。

超自我は、個人の自我の概念を含み、精神的目標を含み、自分の欲求や空想や感情や行動を批評したり禁止したりする、通常は良心と呼ばれる精神的装置を含む。

超自我は、悪いことに対して、罪の意識と共にこらしめるような、
ある種の良心であると考えることができる。

 

例えば、婚姻外の情事に対する罪の意識である。

この意味において、超自我は、「内的な批評家」を概念化したものであり、それは「IFS」や「声の対話」のような現代の治療法においても示される。

超自我は、イドとは反対方向に働く。

イドは、その場の自己満足を求めるのに対して、超自我は、
社会的に適切な方法で行動するよう求めて、イドと戦う。

超自我は、我々の正誤の判断や、罪の意識をコントロールする。

超自我は、社会的に容認される行動を行うように我々を仕向けて、
我々が社会に適合するのを助ける。超自我の要求は、しばしばイドの要求とは反対であり、
自我は、両者を和解させようとして、困難な時を過ごす。



フロイトの学説によれば、超自我は、父親の存在や文化的な統制を、
象徴的に内在化させたものである。超自我は、イドの欲求に反対する立場を取りやすい。

両者は、同一の目標物を争っており、自我に絶え間ない働きかけを行っている。

超自我は、良心として働き、我々の倫理感やタブーによる禁止を維持する。

超自我と自我は、子ども時代の無力さと
エディプス・コンプレックスという2つの鍵となる要因の産物である。

少年は、去勢されることを恐れて、母親を性的愛情の対象にすることができないが、その後に、少年の超自我は、エディプス・コンプレックスが消滅するにつれて、父親の存在を同一視により内在化しながら形成される。

 

フロイトは、著書「自我とイド」(1923年)の中で、次のように述べている。

 

「超自我は、父親の特質を維持し続ける。エディプス・コンプレックスが強力であったほど、

そして、(権威や宗教教育や学校教育や読書の影響下で)

抑圧によるそれの消滅が速かったほど、良心あるいは意識されない罪悪感という形で、

超自我の自我に対する優勢は、後でより圧倒的になる」。

超自我の概念やエディプス・コンプレックスは、

その男性上位主義により批判の対象になっている。

女性は、すでに去勢されていると見なされるのであるが、

父親とは同一視を行わないので、フロイトは次のように述べている。

 

「女性の超自我は、非情であり、人間味が無く、感情に動かされて気ままである。

女性が行う判断は、愛情や敵意のような感情から、多くの影響を受けている」。

 

しかし、フロイトは、自分の立場を修正し続けており、次のように述べている。

 

「大多数の男性は、理想的な男性からは程遠い。

全ての人間は、両性的な性質を持ち、異性の親から影響を受けるので、

男性的な性質と女性的な性質の両方を併せて持っている」。

 

シグモンド・フロイトの著書「文明とその不満」(1930年)の中で、フ

ロイトは「文化的超自我」について、次のように述べている。

「超自我の要求は、普遍的な文化的超自我の教訓と一致する。

この点において、集団としての文化の発展と個人としての文化の発展の二つの過程は、

かつてもそうであったように、常に連結している」。

倫理感は、文化的な超自我の中心的な要素である。

フロイトは、分析的な道徳家として、「文化的超自我や、

文化的超自我の倫理的な要求に対して、

心理学的ではない方法で研究を進める仕方」に反対した。

そして、「文化的超自我は、人間の精神的な構造についての事実と、整合する」と述べた。





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◆エゴ(ego)

 

・精神分析理論において、人格構造の1つであり心的活動を行う主体である。

現実原則に基づき思考によって統制されている理性と同義。

 

・S.フロイトは、イド、超自我と並び心的モデルを構成するもので、

現実の知識に基づき、イドと超自我の平衡を保つ「意識」であるとした。

 

・一般的には、エゴは個人の興味や態度などの基本をなす仮説的実体であり、心的基準でもある。

例えば「エゴイズム」「エゴイスティック」などに用いられる。

 

 

◆ 自我

フロイトの定義では1923年以前までは意識を中心にした自己の意味で使われていた。
つまり私に近いものとして語られていたのである。これはこの1923年以前においては、彼が意識と無意識の区別によって精神を把握していたためである。
1923年以後、心的構造論と呼ばれる新たな理論を語るようになってから、自我(エゴ)という概念は「意識と前意識、それに無意識的防衛を含む心の構造」を指す言葉として明確化された。

自我(エゴ)はエス(イド)からの要求と超自我(スーパーエゴ)からの要求を受け取り、外界からの刺激を調整する機能を持つ。無意識的防衛を行い、エス(イド)からの欲動を防衛・昇華したり、超自我(スーパーエゴ)の禁止や理想と葛藤したり従ったりする、調整的な存在である。全般的に言えば、自我(ego)はエス(id)・超自我(super-ego)・外界に悩まされる存在として描かれる事も多い。

自我(エゴ)は意識とは異なるもので、飽くまでも心の機能や構造から定義された概念である。有名なフロイトの格言としては「自我はそれ自体、意識されない」という発言がある。

自我の大部分は機能や構造によって把握されており、自我が最も頻繁に行う活動の一つとして防衛が挙げられるが、この防衛は人間にとってほとんどが無意識的である。よって「自我=意識」と考えるのには注意しなくてはならない。

ちなみに「意識する私」という概念は、精神分析学においては「自己もしくは自己イメージ」として明確に区別されている。日本語においての自我という言葉は、一般的には「私」と同意に受け取られやすいが、それは日常語の範囲で使用する場合にのみ当てはまる。

 

 

 

◆エス(イド)

 

エス (Es) は無意識に相当する。正確に言えば、無意識的防衛を除いた感情、欲求、衝動、過去における経験が詰まっている部分である。

エスはとにかく本能エネルギーが詰まっていて、人間の動因となる性欲動(リビドー)と攻撃性(死の欲動)が発生していると考えられている部分である。

これをフロイトは精神分析の臨床と生物学から導いた。性欲動はヒステリーなどで見られる根本的なエネルギーとして、攻撃性は陰性治療反応という現象を通じて想定されたものである。

またエスは幼少期における抑圧された欲動が詰まっている部分、と説明される事もある。このエスからは自我を通してあらゆる欲動が表現される。それを自我が防衛したり昇華したりして操るのである。

エスは視床下部のはたらきと関係があるとされた。

なおこのEsという言葉はフリードリヒ・ニーチェが使用し、ゲオルグ・グロデック(ドイツ語版)の"Das Buch vom Es"(『エスの本』)などで使われた用語である。

フロイトは1923年に発表した『自我とエス』という論文で、彼のこの用語を使用するようになった。

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※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書
「図説 現代心理学入門」(三訂版)2007 金城辰夫/監修 培風館

 


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自我

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◆自我(ego)

 

・現象学的枠組みで人格をとらえたときの経験によって形成された存在。

いわゆる個人のアイデンティティである。

社会・発達・人格心理学でよく用いる概念であるが、理論によって多義にわたる。

 

【例えば】

動機、恐れなどをコントロールする機能を備えた、

内的主体ととらえる立場(A.アドラーなど)から、

内省的な機能をもつ心性で、出来事を客観的に観察する存在とする立場(W.ジェームス)

また、意識、自己概念などのアイデンティティととらえる立場などがある。

 

 

 

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【自己概念】 self-concept

 

・自己についての比較的強固で永続的な認知構造。

具体的には、自分の性格、身体的特徴、能力、価値などに対する安定した考えを意味する。

過去や現在の経験から構成され、将来の行動や意識のあり方を規定するが、

その機能や構造は文化差が反映されやすいとされる。

 

また、個人の精神的健康の指標としても重視され、

例えばC.R.ロジャースのクライエント中心療法では、不適応行動を治療するために

自己概念を変容させることを目的とする。

 

 

 

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【A.アドラー】 Adler,Alfred(1870~1937)

 

・ウィーンの精神科医。

S.フロイトの「夢判断」を支持して仲間になるが、

フロイトの過去の心的外傷や生物学的要因の重視を否定して精神分析の立場から離れる。

 

・アドラーは劣等感を補償するためには人は力への意思をもつと考えた。

また、目標追求性、人を分割できない統一体として理解すること、

他人との共同体感覚を重視して「個人心理学」を唱えた。

国際的な活動として「国際個人心理学雑誌」を創刊し個人心理学国際会議を開催した。

 

 

 

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※【参考文献】

「エゴグラム」2000 ジョン・M. デュセイ,池見 酉次郎/著 創元社  
「TA TODY」1991 イアン・スチュアート,ヴァン・ジョインズ/著 実務教育出版 

 

※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書
「図説 現代心理学入門」(三訂版)2007 金城辰夫/監修 培風館

 


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アイデンティティ

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アイデンティティ

 

E.H.エリクソン(1902~1994)が提唱した

精神分析的人格発達理論の概念であり、同一性と邦訳される。

主体性、独自性、過去からの連続性、および集団帰属感や社会的受容感などの

主観的実存的意識や感覚の総体。

 

エリクソンの理論では、人間の一生は8つの発達段階に分けられ、

アイデンティティは、その5段階(青年期)で獲得されるべき心理社会的課題であり、

獲得に失敗した状態が「アイデンティティ拡散」である。

 

今日では、社会学や哲学などの分野でも用いられる概念である。

 

 

 

【E.H.エリクソン】Erikson.Erik.H.(1902~1994)

 

ドイツ生まれ、アメリカの精神分析家。

フロイト理論を受け継いだ自我心理学派の一人。

ウィーンで、A.フロイトから精神分析の訓練を受け、児童分析家となる。

1934年、アメリカに移住し、大学で教育、臨床に携わる。

 

ライフサイクルを自我の確立という観点から研究し、

自身の生い立ち、およびその後の経験から生まれた、

アイデンティティ、モラトリアムなどの概念を用いて自我発達を理論化した。

 

 

 

 

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※【参考文献】

「臨床心理学キーワード」2005 坂野雄二/編 有斐閣双書

「図説 現代心理学入門」(三訂版)2007 金城辰夫/監修 培風館

 

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【喪失を受容するための5つのプロセス】

 

・私たちはどのようにしたら、安定した境地に達することができるだろうか。

どうすれば、ありのままの現実を見つめることができるのだろうか。

私たちに投げつけられる喪失、変化、新しい出来事を、

どのように受容して行けばいいのだろうか。

最初から、まったく逆らわず、わめくこともなく受け入れることはできないだろう。

物事を受け入れる場合、私たちは5つの段階を経過しながら行っていく。

 

エリザベス・キューブラー・ロス(精神科医)は、死にゆく人たちがどんなプロセスを通して

死という究極の喪失を受け入れていくかを明らかにした。

彼女はそれを、"悲嘆のプロセス" と呼んだ。

 

その後、メンタルヘルスの分野で、死にかぎらず、いかなる喪失に直面する時でも、

同じようなプロセスをたどることが明らかになってきた。

例えば、1万円札をなくしたとか、待ち望んでいたメールが今日も来なかったとかいった

小さな喪失の場合にも、離婚、配偶者の死別、失業のような大きな喪失の場合にも、

同じようなことが起こるし、新しい家を購入して古い家を去る場合のように、

好ましい変化の場合にすら、起こりうることである。

以下、ロス女史の明らかにした「5段階のプロセス」である。

 

 

 

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◆〈第1段階〉否認と隔離

予期しない衝撃的なニュースをきかされたとき、

そのショックをまともに受けないために、まず否認がおこる。

 

◆〈第2段階〉怒り

死という現実を認めざるえなくなると、次に怒りや恨みがこれに取って代わるようになる。

「なぜ俺だけこんな目に会わなくてはならないのだ!」

この怒りが八つ当りとなって看護師に向けられ、

そのためまわりの人間はよけいに患者を避けるようになる。

 

◆〈第3段階〉取引

次に人は神や仏に対して、自分がどうしたら延命できるか取引し始める。

例えば「もう財産はいりませんから命だけを与えてください」云々。

 

◆〈第4段階〉抑うつ

以上の段階をへて、それらが無駄であることを知って患者はうつ状態におちいる。

病気が進行し、衰弱が進んで、無力感が深刻となる。

それとともに、この世との別れを覚悟するために、

他人から癒されることのない絶対的な悲しみを経験しなければならない。

 

◆〈第5段階〉受容

患者は、来たるべき自分の終えんを静かに見詰めることのできる受容の段階に入る。

最終的に自分が死に行くことを静かに、そして穏やかに受け入れる段階である。

「長い旅の前の最後の休息」のときが来たかのようである。

このときの静かな境地を「デカセクシス」と呼ぶ。

 

 

 

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以上は、ロス女史が提案した「死への心理の5段階」であるが、

すべての人が、この5段階をたどって死を迎えるわけではない。

ある段階にとどまってしまう人、ある段階を飛び越える人、錯綜する人も多い。

しかし一般に死が近づくと、無意識に死を悟るものだといわれている。

人は死を成長の機会とし、静かに尊厳なる死を迎えるための心構えが必要である。

 

このようにロス女史は希望している。

「尊厳なる死とは、その人らしく死ぬということであり、

我々回りの人間の鋳型にはめこまないことである」。

彼女の著書 『死ぬ瞬間』の中で、

インタビューした200人あまりの人は「平和と尊厳」のうちに逝ったと述べている。

 

 

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【受容】

 

・受容は格別に快適というわけではない。

いや、実際はむしろ苦痛を伴うこともある。動揺を禁じ得ない時もある。

受容へのプロセスが始まる時、私たちはショックを受け、パニック状態に陥ることが多い。

段階をすすむにつれて、混乱したり、傷つきやすくなったりする。

さびしく、孤立感をつのらせる場合もある。

 

まだ受け入れていない事実について、

私たちは、このようなプロセスを通過して受容して行くのだが、

「悲嘆のプロセス」の複数の段階が同時にやってくることもありうる。

否認、抑うつ、取引、怒りが一度に殺到してくることも考えられる。

自分がある状況を受け入れようと苦闘しているという事実すら、

実感できない時があるかもしれない。


小さな喪失なら、この5段階のプロセスを通過し終えるのに30秒ほどで済むかもしれない。

重大な喪失の場合は、数年間かかるかもしれない。

しかも、この5段階はあくまでも図式モデルであって、

誰でもこのプロセスを正確にたどるわけではない。時には、途中で一つ前の段階へ戻ったり、

二つ先の段階へ飛んだりと行ったり来たりすることもあるだろう。

 

怒りから否認へ、否認から取引へ、さらに取引から否認へ戻るといったぐあいに。

いずれにしても、私たちは速度や道程には関係なくこの段階を進んでいかなければならない。


エリザベス・キューブラー・ロスは、それが正常な過程であるばかりでなく、

必要不可欠な過程であり、全段階が必要だと述べている。

 

 

 

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※【参考文献】

「共依存症」1999 メロディ・ビーティ/著 講談社
「死ぬ瞬間」1999 エリザベス・キューブラー・ロス/著 読売新聞社 

 

 

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