心理学講座: 2010年8月アーカイブ

退行|防衛機制

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退行 (regression)

 

防衛機制 (defense mechanisms)

 

 

 

◇退行とは、ある時点において、それまでに発達した状態や機能あるいは体制が、

それ以前のもっと低次の状態や機能ないし体制にまで逆戻りすること。

 

 

◇葛藤や欲求不満、不安、ストレスなどの感情的に嫌なことを減らしたり避けたりするために

心の中で無意識に働く、こころの安全装置を防衛機制という。

 

 

◇防衛機制は無意識のうちに実行されるから、本人がわざとそうしている訳ではないし、

この安全装置が現実を歪めてしまうのだが、当人はそのゆがみに気づかない。

 

 

 

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◇「退行」は、心理学ないし、精神病理学的現象を説明する理論概念として用いられる。

この概念を最初に精神病理学に導入したのは、ジャクソンである。

退行は、主としてフラストレーション反応として、病理と関連づけて研究されてきた。

退行というのは「幼児返り」とも言われその人の人生の早期の心理状態に立ち戻って行くことを指す

精神分析においては、幼児期の記憶や葛藤または感情が抑圧されて、

無意識の中に閉じ込められていて、それがその後のさまざまな症状をつくったり、

その人の性格や行動を支配するようになると考えられている。

 

たとえば、日常生活を元気に送っていた児童が、下の赤ちゃんの誕生直後に夜泣き等の

不安症状を示し、保育所でもおもらしをしたり、保育士の世話を多く必要とするようになり、

母親の姿を追い求めるようになった、という例がある。

さらに、小学校入学直前、高熱のため緊急入院した夜半、母親を呼んだが、

赤ちゃんとともに別室にいたため、来てもらえなかったというショックから、

それ以後、ひん尿と強い分離不安を示し、片時も母親から離れられなくなった児童もいる。

しかし、母親の付き添いなしには日常生活を送れなくなった児童も、

母親が積極的に愛情を示し、こまかく面倒を見てくれるにつれ、

安心感を覚え、少しづつ落ち着きを見せるようになってくる。

また、一人で食事の出来た子が、再び介助を必要とするようになったという例もある。

 

 

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 ◇フロイトは、ジャクソンの解体という考え方を退行の概念にまで発展させた。

やがて、精神分析によって観察された心理学的、精神病理学的現象を説明する

深層心理学的理論の中で、退行が中心概念になった。

そして、精神分析理論では、個人発達的に、より以前の段階に戻るという意味での退行を重視した。

精神発達がつまづくと、固着した発達段階に退行するものと考えられる。

これは、発達段階においての固着が強いと、何らかのフラストレーションによって、

その固着した段階へと退行しやすいことを意味している。

たとえば、病者の排便へのこだわりが、肛門期への退行とみなされ、

子どもにみられる指しゃぶりは口唇期への退行とみなされる。

また、心理療法においては、治療的退行、病的退行、健康な退行として、

治療の役に立っている。

 

 

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「治療的退行」とは、治療のために操作的に、一時的に退行状態へ導いたもので、自由連想法、

催眠、自律訓練法、箱庭療法などで用いられる。

 

「病的退行」は、患者の病理現象としてみられ、固着点への退行、外傷的段階への退行、

防衛的退行、葛藤的退行として現れる。

これらは、各種の神経症や、ある種の心身症、境界例などに顕著である。

 

「健康的退行」は、自我の一時的、部分的退行であって「創造的退行」とも言われる。

この適応的退行は、日常生活で自我が常に緊張し続けているのをゆるめ、

リフレッシュすることを助ける。

 

 

 

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◇フロイト以後の精神分析は、退行論をさらに発展させ、一方で操作的退行を、

他方で健康的な退行を解明し、むしろ、退行を正常にも病的にも働くものとみなして、

自我の基本的機能の一つと考えるようになった。

 

◇レヴィンらは、フラストレーションによって、未分化で単純、

しかも原始的な行動が現れることに着眼し構造的退行を重視した。(1941)

例えば、幼児の遊びにフラストレーション状況を与えると、遊びの構成度が低下して、

より原始的な遊びが現れたり、不安定行動が増したりすることが見出されている。

 

発達を個人の内部領域の分化とみるレヴィンは、退行を、目標阻止による個人の未分化化、

原始化と定義して、個人の生活史における過去の行動型への「後戻り」と区別した。

 

◇一般に発達史的退行と構造的退行は、異なった観点として記述されていることが多いが、

最近の臨床心理学では、双方が不可解に関わっている事例が多く観察されており、

発達史的にも構造的にも退行する現象の理解が進んでいる。

また、心理療法における治療的退行も、発達史的に固着点が解決されるためだと解される一方、

構造的な退行が不適切な構造をゆるめて基礎に立ち返らせ、

最構造化を可能にするためだ、と解されている。

 

いずれにせよ、心理療法における転移現象としての退行は、

病者の幼児的依存が再体験されることであり、こののちに内的熟成に至るのである。

それゆえに、治療関係の中で退行を有効に取り扱う必要がある。

 

 

 

 

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【主な防衛機制】(defense mechanisms)

 

 

【退行】

・欲求不満に陥ったとき、人生の一段若い段階へと逆戻りする現象である。

その方が安全で快適なのだ。

弟が生まれたときに、4歳の子どもが乳児返りをして急に赤ちゃん言葉をしゃべったり、

おねしょをして自分も弟なみに母にかわいがってもらおうとする。

失恋した人が昔の恋人に電話するのもその一つだ。

衝動退行は、衝動を別の衝動にすり替える。

怒りの衝動をヤケ食いの食衝動にすり替えるのがその例である。

 

 

 

 

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【クルト・レヴィン】(Kurt Lewin 1890年9月9日~1947年2月12日)

 

ユダヤ系心理学者。ドイツ/ポーランド生まれ。( アメリカで活躍した心理学者)

フロイトと並ぶ力動論の代表者。

ゲシュタルト心理学の影響を強く受け、情緒や動機付けの研究を行った。

実践的な理論家として、「よい理論ほど役にたつものはない」という有名な言葉を残した。

葛藤(conflict)の3つの基本型を示し、

行動の根底にある要求や動機を重視、行動にいたる過程を研究した。(力動論)

過程や原因を過去の性的な要因に結びつけがちだったフロイトに対し、

彼は、現在の生活空間全体から行動を分析しようとした。

ゲシュタルト心理学を社会心理学に応用し、トポロジー心理学を提唱した。

ベルリン大学の哲学と心理学の教授を務めていたが、

ナチスの台頭に伴い1933年にアメリカに渡り、1940年にアメリカの市民権を取得。

コーネル大学教授をつとめ、マサチューセッツ工科大学(MIT)に、

グループダイナミクス研究所を創設した。

「社会心理学の父」と呼ばれ、リーダーシップスタイル(専制型、民主型、放任型)と

その影響の研究、集団での意思決定の研究、

場の理論や変革マネジメントの「解凍―変化―再凍結」モデルの考案、

「アクションリサーチ」という研究方式、

グループダイナミクスによる訓練方法(特にTグループ)など、その業績は多方面にわたる。

1947年、マサチューセッツ州 ニュ-トンビルで死去。 

 

 

◇場の理論

 

人の行動は、パーソナリティや欲求、あるいは環境刺激のいずれか一つだけが原因なのではなく

人と環境の相互作用によって生まれるものだ、としたのが、レヴィンの考え方。

すべての心理的事実(感情の動き)は、生活空間の均衡が崩れることによって起こり、

人は、均衡を取り戻すために行動を起こす。

 

 

【主要著書】

 

■ 「社会的葛藤の解決」 創元社

■ 「社会科学における場の理論 増補版」 誠信書房

■ 「社会的葛藤の解決」グループ・ダイナミックス論文集 (1966年) (現代社会科学叢書)  創元新社

 

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

防衛機制の具体例

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防衛機制 (defense mechanisms)

防衛機制の具体例 (examples of defense mechanisms)

 

 

 

◇葛藤や欲求不満、不安、ストレスなどの感情的に嫌なことを減らしたり避けたりするために

心の中で無意識に働く、こころの安全装置を防衛機制という。

 

 

◇防衛機制は無意識のうちに実行されるから、本人がわざとそうしている訳ではないし、

この安全装置が現実を歪めてしまうのだが、当人はそのゆがみに気づかない。

 

 

 

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◇主な防衛機制には、抑圧、抑制、否定、投影、転嫁、置き換え、退行、代償、反動形成、同一化

など、各種の仕掛けが認められる。

防衛機制の大部分は精神分析の理論としてフロイトによって発見された。

 

 

 

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【主な防衛機制】(defense mechanisms)

 

 

【1】抑圧

・葛藤やストレスに関係していることだけを忘れるように働く。

忘れてしまえば嫌なことはなかったも同然になるからである。つまり「忘れたいから忘れる」のだ。

幼児期の性体験や大失敗を覚えていないのが抑圧の例である。

しかし、この忘れられた事柄は、決して消え去ったのではなくて、無意識という冷蔵庫の中に

冷凍保存されているにすぎないから、何かのきっかけに解凍されて意識の中で暴れ出すことも多い。

 

【2】抑制

・他の事を考えるようにして、嫌なことから目をそらすことを指す。

抑圧とは違って、嫌なことを一旦は意識するが、他に目を移すことによってそれを無視するのである。

はじめは多少とも意識的に行われるが、繰り返しによって習慣づけられて、

無意識に行われるようになる。

 

【3】否定

・ガンだと診断されたときに「自分がガンであるはずがない。誤診だろう」と思って、

他の医師を訪れる場合などの心理。

 

【4】投影

・自分の性格や動機を他のもののように感じることである。

ケチなひとが「あいつはケチだ」と他人をけなしやすいのがその例である。

もしも他人がケチでないとケチな自分はその他人を尊敬しなければならず、

それがストレスになるのでそれを避けるために「他人もケチだ」と思い込むのである。

自分が意地悪だと他人も自分に対して意地悪をするように感じる。

統合失調症の患者が「皆が自分の悪口を言う、意地悪をされる」というのは、

投影によって自分の嫌な性格(意地悪)をカバーしようとしているからである。

 

【5】転嫁

・自分の失敗を他人のせいにしようとすることである。

材木をうまく削ることができないと「カンナが悪い」と言うのがその例だ。

 

【6】置き換え

・対象を置き換える場合と、衝動を置き換える場合とがある。

ある人やものに対する感情を他の人やものに表現するのは、「対象置き換え」の例である。

会社の上司に腹を立てると、帰宅後、妻に八つ当たりするなどがその例だ。

愛妻を失った夫が、娘を溺愛するなども、しばしばみられる。

上司に怒りをぶつけるとクビになるかもしれないし、亡くなった妻を愛することはできないからである。

怒りや愛を表現しないでおくことが辛いので、どこかでそれを吐き出すのだ。

危険を避け、衝動を減らすことになる。

「衝動の置き換え」の場合には、対象を変えずに感情だけをすり替える。

性衝動を攻撃性にすり替えたり、その逆も起きやすい。

男児が好きな女児をいじめたりするのはその例である。

 

【7】退行

・欲求不満に陥ったとき、人生の一段若い段階へと逆戻りする現象である。

その方が安全で快適なのだ。

弟が生まれたときに、4歳の子どもが乳児返りをして急に赤ちゃん言葉をしゃべったり、

おねしょをして自分も弟なみに母にかわいがってもらおうとする。

失恋した人が昔の恋人に電話するのもその一つだ。

衝動退行は、衝動を別の衝動にすり替える。

怒りの衝動をヤケ食いの食衝動にすり替えるのがその例である。

 

【8】代償

・劣等感をもつと不安になるので、他の面で優れようとすることだ。

学業成績が悪い児童がスポーツに励むなど。

 

【9】反動形成

・本心では子どもを愛していないときに、溺愛の態度をとってしまうなどの場合である。

継母が義理の子どもに何でも買い与えるなど。

 

【10】同一化

・他人の性格を取り込むことである。

自信のない人が自分の上役がいばっているのを真似て、部下をいじめたりする。

 

 

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud, 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

防衛機制の例

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防衛機制 (defense mechanisms)

防衛機制の例 (examples of defense mechanisms)

 

 

 

 

【1】心の緊張や不安を回避し、自分自身の気持ちを安定させようとする無意識の働き。

【2】超自我、エス、現実からの要求による圧力に対して、

  自我を守るために無意識に行われる適応方法。

 

 

◇防衛機制の概念を提唱したのは、S.フロイトである。

彼は精神分析理論の中で、自我の機能の一つは外部からの危機を避ける事であり、

自我が現実からの要求、超自我、エスという三者の圧力の中で無意識にとる適応方法として

防衛機制を説いた。

 

 

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◇私たちは、生活を営む上で環境に適応し、様々な欲求を叶え、

不安や不満、恐怖を取り除くことで満足が得られる。

しかし、いつも現実的な解決をできるとは限らない。

無意識のうちにも心の中で環境に適応しようとして、葛藤や要求を処理し、

不安から解放され心の安定を得るために働く機制を防衛機制という。

 

防衛機制は心の緊張を解放しようとするものであるが、無意識に働くので合理的解決が得られず、

その解決が現実的な解決ではないから、欲求が解消しない限り、

再び同じ現実の場面に戻されてしまうという問題点がある。

 

さらには、現実からの逃避という形もあるために、不適応行動として現れる場合もある。

そのため、ヒステリーや強迫神経症、うつ病との関連が指摘されている。

 

 

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【主な防衛機制】(defense mechanisms)

 

◇主な防衛機制には、抑圧、投影、摂取、同一化、転換、置き換え、反動形成、打ち消し、合理化、

昇華、逃避、退行などがある。

 

昇華という防衛機制では、時として詩、小説、絵画や彫刻など、

文学や芸術の面で優れた作品を生み出すことがある。

 

 

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●例:家庭をもっているY君を愛してしまったA子は、

防衛機制として以下のような行動に出る事が考えられる。

 

 

【抑 圧】=Y君を忘れようと努力する。

 

【投 影】=Y君も自分を愛していると信じる。

 

【摂 取】=Y君の行動を真似する。

 

【同一化】=自分がY君になった気がして、Y君が危機に立てば自分もドキドキする。

 

【転 換】=Y君との思い出の場所に来るとドキドキする。

 

【置き換え】=Y君に似た人を好きになる。

 

【反動形成】=Y君に対して無関心を装ったり、故意に冷たくする。

 

【打ち消し】=教会や寺院などに行きY君を愛してしまったことを懺悔(ざんげ)し、なかった事にする。

 

【合理化】=Y君は素晴らしい人間で、Y君を愛することは正しく当然のことと考え、

       もっともらしい理由をつけて不倫を正当化しようとする。

 

【昇 華】=欲求不満をスポーツで解消したり、想いを詩に託す。

 

【逃 避】=Y君に自分の感情を悟られないようにY君の姿を見ると物陰に隠れたり、

       あるいは空想の世界に浸ってしまったりする。

 

 

 

 

 

◇防衛機制は日常誰にでもおこりうる。

ある場面に成功した防衛機制は、繰り返し現れる傾向がみられる。

その人の行動の特徴としてパーソナリティを形成する重要な要素となる。

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud, 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「図説 現代心理学入門」三訂版2007 金城辰夫/監修 培風館 
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

防衛機制

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防衛機制 (defense mechanisms)

 

 

 

【神経症にもなりかねないような葛藤の中で、自我が自分を守ろうとするすべての心理的手段】

 

◇エスに対する自我の防衛は静かに気づかれないところで行われるので、直接に知ることはできず

推測によって、それが利用されていることを再構成出来るだけである。

子どもが小さいときには、環境に適応するために防衛する。

防衛はまた人格全体の均衡を維持する心理的過程でもある。

防衛はいくつか組み合わされて複雑な現象として姿を現してくることが多い。

 

 

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◇防衛という用語が初めて使われたのは、

フロイトの論文「防衛・神経精神病」(1894)においてである。

この論文でフロイトは、ヒステリー、強迫神経症、幻覚的錯乱状態として分類される精神病の差異を

自我には耐えがたい観念表象およびそれに伴う感情(興奮量)に対する、

防衛機制の差異によって説明している。

 

◇フロイトは「制止、症状、不安」(1926)で、

「神経症をおこすかもしれないような葛藤状態に置かれるときに、自我が利用するあらゆる手段を

一般に防衛という用語で呼ぶことにする。」と述べている。

 

◇アンナ・フロイトは「自我と防衛」(1937)で、

「精神分析の県境腕、今までのところはっきりわかっていることは、防衛法は衝動的なものに対する

自我の戦いであり、自我が次のような3種類の不安にさらされるとき、防衛が起こる。」

 

すなわち

(1)衝動による脅威からの不安

(2)現実の危険からくる不安

(3)超自我(良心)のとがめから生じる不安

さらに、「矛盾する衝動の間に葛藤が生じる時にも防衛がおこる」と述べており、

不安を防衛する自我機能を彼女が重視していることがわかる。

続けて、

「だが、自我は内から生じる不快に対してのみ防衛するものではない(中略)

外の環境に対して、積極的に抵抗することができない小さい子どもの自我は、あらゆる方法をつくして

自我におそいかかる現実の不快や危険を防衛しようと努力する。」と言って、

臨床例を出して考察している。

 

 

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◇動物恐怖症の少年の事例 「ハンスの動物恐怖症」

*現実の環境の不快に対する防衛に、エスに対する防衛が含まれている動物恐怖症。

 

・この少年の神経症はエディプス・コンプレックスの正常な興奮にもとづいており、

内部と外部に向かって、同時に防衛過程が起きている。

5歳の少年ハンスは、母親を愛し、父親に対しては嫉妬のために攻撃的態度をとっていた。

その結果、父親に対するやさしい愛情と攻撃的態度との間に葛藤が生まれざるをえなくなった。

父親に対する攻撃的衝動の罰として、自分は去勢されるのではないかという不安がおきた。

彼はこの去勢不安を現実の不安と同じように恐れた。

そのため、あらゆる衝動に対する防衛が動員されるに至った。

 

この神経症では、「置き換え」という方法が利用された。

父親に対する去勢不安は、動物に対する不安に置き換えられた。

父親に対する恐怖を「反転」して父親から迫害されているという不安に変えた。

さらに、現実の実情を完全にゆがめてしまうために口唇期の特徴である咬みきられるのではないか

という不安にまで「退行」したのである。

これらの防衛機制によって衝動に対する防衛の目的は完全に満たされた。

しかし、恐怖症という機構の助けを借りて不安の発作を避けるためには神経症によくあるように、

ある特定の行動を制止しなければならなかった。

だから、戸外に出る事を断念しなければならなかったのだ。

フロイトはこれらの防衛機制を取り除きながら分析治療を進めていき、

ハンスの神経症を治療したのである。

 

 

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【代表的な防衛機制】(defense mechanisms)

 

◇自分が自己の存在を守るため、人格の統一、あるいは人格の一貫性を維持するために、

自我に対して心理的圧力をもつ現実や超自我などに対して抵抗し、防衛することを言う。

 

A)抑圧

・衝動やその観念的表象、願望を拒否し、意識に現れないようにする無意識的過程。

・外的な現実を拒絶して、不快な体験を認めないようにするはたらき。

「抑圧」が内からの脅威に対する防衛であるのに対し、

「否認」(denial)、否定は、外からの脅威に対する防衛であるところが特徴。

「子どもが不治の病である」と知らされても親が信じようとしない場合などが否認、否定にあたる。

 

B)退行(regression)

・前生殖器段階の未発達な段階に逆戻りすること。

・現在の状態より以前の状態へ、あるいはより未発達な段階へと逆戻りすること。

この用語は、Freud, S.によって当初心的装置に関する局所論的な意味で使われていて

発達的な意味はなかった。

Freud, A. は退行は他の防衛機制と組合わさって使われるのが普通で、

他の防衛機制とそれほど明確に区別できないとした。

治療の中で被分析者が全体的な幼児的退行状態に至るまでの様子を記述する中で、

治療の中で重視すべき概念としたのはWinicotto, D. W. やBalint, M.など。

これは「治療的退行」と呼ばれ、

患者が治療によって抱えられることによって病的な状態と健康な状態を橋渡しするものであるため、

治療にとって不可欠であると考えられている。

 

C)反動形成(reaction-formation)

・承認することのできない興奮が意識に現れた時に、反対の興奮に変化すること。

・衝動や願望が意識化されないように、その衝動や願望と反対方向の態度が過度に強調される事。

友人に対して腹が立つことがあり、批判したり非難していたにもかかわらず、

本人の前では親切なやさしい接し方をするなどがこれにあたる。

 

D)隔離

・他人を攻撃したり、叱ったりした場合、攻撃したり、叱った事だけを記憶して、

その時の感情に関係あるすべての事柄をすべて忘れてしまうこと。

 

E)打ち消し(undoing)

・他人を攻撃、非難しておきながら、そのあとになって、

あたかも攻撃、非難しなかったかのように親切になること。

・過去の思考・行為に伴う罪悪感や恥辱の感情を、それとは反対の意味を持つ思考ないし

行動によって打ち消そうとするはたらき。

「否認」は単に外界の不快・恐怖から回避することであるが、

「打ち消し」は、やりなしたり償おうとするところが特徴。

何度も手を洗うなどのいわゆる強迫神経症者の行為は、典型的な打ち消しであると解釈される。

※強迫神経症の防衛機制は「置き換え」になっています。

 

F)投影

・すべてのものに生命や魂があると考える児童のアニミズムは、

正常な精神発達において現れる投影である。

自分がケチな場合、他人がケチだと思う。

 

G)取り入れ

・口に適したものは何でも食べる。同一視は取り入れによって生じる。

上役がいばると、自分も威張る。

母親が乱暴な言葉を使うと、その子どもも乱暴な言葉使いになる。

 

H)自己愛的内向

・自分の気に入るような鏡像を作り上げ、それを見て安心したり、満足したりする。

 

I )転倒

 

J)昇華(sublimation)

・性や攻撃性など社会的に認められない衝動を芸術活動やスポーツなどの

より社会的・道徳的に価値のあるものに置き換えること。自我が自分を守るための手段のひとつ。

・社会的に容認されない衝動を、社会的に容認される形に変形させて表出させること。

攻撃衝動の強い人が、スポーツ選手や外科医になる。

レオナルド・ダ・ビンチが自分の同性愛的衝動を芸術に表現に昇華して、

「モナ・リザ」を生み出した(フロイトの解釈)など。

 

K)置き換え(desplacement)

・無意識のうちに、ある対象に向けられた自分の感情の対象を他のものに置き換えたり、

本来解決すべき問題を他の目標やほかの方法で置き換えてしまうことにより、

不満、恐怖、葛藤といった心の緊張を解消しようとすること。

・自分の衝動や願望をある対象(その衝動の原因となった対象)に向けることが、なんらかの理由で

容認されない場合、その衝動を他の対象に向けること。

自分の感情は理解しているが、それを生じさせた対象を誤る過程。

たとえば上司に怒られた人が部下に対して攻撃の矛先を向ける場合など。

 

L)合理化(rationalization)、 知性化(intellectualization)

・自分の行為の本当の動機を隠して、もっともらしい意味づけを行うことによって、

自らを正当化したり、罪悪感から免れるための心のしくみ。

・知性化とは、主として性的または攻撃的な欲求・衝動・感情を、直接表現したり

解放したりするのを避けて、これらを抑圧し、

知的認知や観念的思考によって統制しようとする防衛機制である。

 

Freud. A.(1895~1982)は、

合理化を、知性化という防衛が不安定になったり弱くなったものをみなし、

知性化の場合には、防衛されてる感情や欲動が分離されるとともに、

知性化の過程事態がこれらの代理満足を兼ねているのに対して、

合理化の場合には、防衛される感情や欲動が十分に分離されないままに

正当化されるものであるとした。

 

 

 

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【アンナ・フロイト】(Anna Freud, 1895年12月3日~1982年10月9日)

 

精神分析の創始者・ジークムント・フロイトの娘で、イギリスの精神分析家。児童精神分析の開拓者。

ウィーン生まれ。ウィーンのコッタージ・リセウム(Cottage Lyceum)に学ぶ。

1914年にイギリスに渡り、戻って自分が学んだリセで教鞭をとる。

1918年、父から精神分析を学び、その道に入る。

最初の論文は、1922年発表。1923年から精神分析家としての実践を開始。

同年、父ジークムントが癌である事が判明、以来雑務に支障を来たすようになった父親に代わり、

国際精神分析学会の事務局長、ウィーン精神分析訓練研究所の所長などを引き受ける。

1939年、父親が死去してからは、ますます児童心理学に専念。

メラニー・クラインとの研究上の意見の相違からイギリスの精神分析学会で論争を引き起こす。

その間にも弟子(たとえば、エリク・エリクソンなど)を多数育て、

戦争が子ども達に与えた影響なども調査。

特に、幼児の防衛機制についての研究が名高い。

 

 

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【ジークムント・フロイト】(ドイツ:Sigmund Freud 1856年5月6日~1939年9月23日)

 

オーストリアの精神分析学者。オーストリアの白人系ユダヤ教徒アシュケナジーの家庭に生まれた。

神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、自由連想法、無意識研究、

精神分析の創始を行い、さらに精神力動論を展開した。

非常に詳細で精密な観察眼を示す症例報告を多数残した。

それらは、現在においても次々と新しい角度から研究されている。

フロイトの提唱した数々の理論は、のちに彼の弟子たちによって

後世の精神医学や臨床心理学などの基礎となったのみならず、

20世以降の文学・芸術・人間理解に広く甚大な影響を与えた。

弟子たちは、フロイトの考え方のどこかしらを批判した上でこれを受け継ぎ、

様々な学派に分岐し、それぞれ独自の理論を展開していった。

 

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※【参考文献】

「カウンセリング大事典」2004 小林司/編 新曜社
「自我と防衛」1985 A・フロイト/著 誠信書房
「自我と防衛機制」1998 アンナ・フロイト著作集 A・フロイト/著 岩崎学術出版社
「自我論 不安本能論」1970 S・フロイト著作集 S・フロイト/著 人文書院
「フロイト全集 第19巻」2010 S・フロイト/著 岩波書店
*1925-28年 否定、制止、症状、不安、素人分析の問題

「S・フロイト自我論集」1996 ジークムント・フロイト/著 筑摩書房

 

 

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